ユニオン春の賃金祭
私が結構何度も言っている事があります。耳にタコができるかもしれませんが、もう一度説明します。西欧の労組は基本的に賃金を重視し雇用に関して言えば退職パッケージの内容について労使が交渉し、いわゆる「志願制」でリストラされる人が決定します。もちろん飲めない内容なら労組側も拒否しますが、莫大な退職金と半年以上の給料、それに手厚い再就職支援やその他諸々あれば、すんなりリストラが完了する事も少なくないです。もちろん改善点は多くありますが。基本的に西欧の労働組合は、労働協約について熱心に当局などと交渉しそれを勝ち取る事で非組合員にもその恩恵を配り、社会的地位を高めていく。労働組合自体は私的な団体ですが、西欧では公共性も重視されていくのです。北欧の労組の場合は労使交渉で勝ち取った労働協約は議会を通した法律と同じ拘束力を持つので、高い組織率を誇るのはそういう理由です。労働組合の社会的な立場が大きく異なるという点は一つ労働運動にご参加されようとしている人には注目してください。西欧の植民地という歴史が長かったアフリカ諸国はこうした西欧式の労働組合が多く、南米の労働組合はアメリカの影響を受けています。アメリカの労働組合もニューディール連合の中核であり、指導者によっては高い求心力を持つ組織も存在します。全米自動車労組の例を見れば何となく見えてくるのかもしれませんが、計画通り順番に狂いなくストライキを時間差で起こすというやり方は今の日本の労働組合では、口では闘うと言っていても、おいそれと真似ができるものではないです。それぐらいあのストに関して言えば仮にもストを決定する側の役員は衝撃でしょう。やろうと思っても、できないです。しっかりと職場点検が行われ、組合員1人1人が主体性を持っていた証拠です。これは誇るべき事です。そしてバイデン政権や与党アメリカ民主党の支援もまた大きく労働者の力になりました。
話がだいぶ脱線しました。ただ西欧の労組を眺めてみれば、必ずしも組織率は高くなくても影響力は保持ができる、アメリカの事例を見ても労働組合の交渉を政権が後押しすれば全体の賃金も上がるという事を示しています。実際アメリカのナショナルセンターであるAFLーCIOの組織率は日本の連合と変わらないものですが、多くの賃上げを勝ち取りました。さて私は日本の労働組合員です。当然、世界中の同志が多くの賃上げを勝ち取っているのだから自分たちも!と意気込んでも、やはり壁というものはあります。よく政府と日本の連合が話し合う「政労会見」というものがありますが、あれは本当に意見を交換するだけでいわば陳情の一種です。知人に連合の事務局に勤めている人がいますが、「校長先生の挨拶みたいなもの。交渉ではなく儀礼の一コマみたいな」というものがある意味こちらもそういう受け止めではありますが、連合に関する報道は基本的に政局一択です。もちろん政治運動も行なっているので、非政治というわけではないです。党派で言えば自民党とはどの産別も対立関係にありますが、正式には政治団体ではなく労働者の利益向上を目指す経済団体という側面もぜひ忘れないで欲しいです。陳情にもなってない「政労会見」ですが、それでも陳情ぐらいはやります。もっと言えば連合は労働組合ではなく労働者団体という枠組みなので日本の労働組合法において基本的に交渉権はないのです。
とは言え私たちは「賃上げ」の団体です。日本の労組は「雇用」を最重要視してきましたが、別に賃上げは棚上げというわけではなくむしろ「賃上げ」あっての「雇用」です。「賃上げ」という言葉は誰よりも敏感な団体です。先ほど申し上げた通り、経済団体でもあるのです。いわゆる春闘方式は時代についていけないと言われるようになりました。それを含めて春闘と賃上げの原点を探ってみようとするのが今回のnoteの試みです。
労働組合は誰のもの?
一つご質問したいです。「一体労働組合は誰のもの?」と聞かれるとそれは組合員のものと聞かれるでしょう。実際、労使交渉においてリストラに直面したときまず基本的には組合員をプロテクトします。という事は本質的に非組合員は二の次、三の次という事になります。私もフリーライドの問題は常に頭が痛くなるほど悩ましいものですが、ただ雇用に関して非組合員は守らないという姿勢を取る役員は、これもまた労働運動として原点を見失っていると断言します。そもそも何も財産を持たない人達が手を取り合って組織化し、それが労働組合という仮にも数百万人の人を束ねる団体になりました。かつて非正規雇用には冷淡だった日本の労働組合において、雇用という生死に直結する問題までもいわゆる「ビジネスユニオニズム」に委ねてしまったら、それは労働運動の死期を早めるだけです。相互扶助は労働組合の重要な機能のうちの一つです。原点を思い出すなら、そもそも労働運動においても階級を作ってはいけないのです。
さて一つ思考を柔軟にしましょう。アメリカでは労組が賃金アップに大きく貢献するとしてジョー・バイデン政権において「労働組合の政府」を目指しました。また西欧の労働組合は、労働協約を勝ち取る事で得た権利を非組合員を含めた全ての労働者に還元しています。ここから考えると労働組合は「全ての労働者の公共物」と言えるのではないでしょうか?
この視点からみれば、労働組合の役員が組合費を出してもらう組合員こそがお客様であるという態度は公共性を放棄しているとも言えるし、あえて厳しい言葉を使いますが、労働組合なんて役に立たないと言って最初から参加をしない人もできる事もしないのに自分の給料が上がる事を他人に任してしまっていると言えるのではないでしょうか?さてそれに対し日本の労働組合の仮にも専従までになった私は明らかに落第です。労働組合の公共性を重視せず、いつもそばにいる存在という事を多くの人に伝えていたのか?と問われると赤点です。労働組合は労働者をお客様のように扱ってはいけないし、また労働者もお客様気分でいられるのも甘いというわけです。友愛という言葉は鳩山家の家訓ではなく、そもそもかつて労働組合が弾圧された時代に相互扶助の協同組合であるという事で名乗った名称です。労働組合と友愛という言葉の発祥はイギリスにあるのです。私達は友愛という言葉をまた噛みしめていきたいです。
そうした事を含めて私はアメリカのジョー・バイデン政権の2期目は是非参考にしたかったのですが、それについては今後の全ての労働運動の課題でしょう。政治運動についてもまた転換期だと思います。労働組合においても政党を支援するというよりも、主体性を持って誰が労働組合の公共性を活かしてもらえるかという厳しい選別のもと選ばないといけないです。それは基本的に資本の政治運動の結合体である日本の自由民主党はあり得ないという事です。維新の会は論外。日本共産党は労働組合の公共性を無視し、単純に政党の道具として利用するだけ。それを鑑みれば、私は妥協しつつ現在の旧民主党というより、日本社会党の残滓になってしまった民主党勢力を支援するしかないというのも、また日本の労働組合にとって苦難にもなるでしょう。ただ政治運動も労働組合のまた一つの重要な機能です。元々普通選挙運動の流れを汲む団体なので政治運動から、切り離す事もまた不可能なのです。労働者の経済的向上、相互扶助、政治運動。これはウェッブ夫妻も提唱した労働組合の3つの機能です。それを知らない役員がいたら、それは労働運動家として、また勉強が必要です。
春闘は誰のもの?
春季生活闘争、いわゆる春闘方式は基本的に日本だけが行われている独自のシステムです。私の同志には海外の知人もいますが、あらゆる産別が一斉に賃上げ交渉を開始するというこの労使交渉は、カルチャーショックでしょう。海外の賃上げ交渉は基本的に産別の領域であり、本来なら他の産別に入り込む余地はないのですが、日本の春闘形式を提案した合化労連の太田薫は賃上げが可能な産業が業種を超えて一斉に賃上げ交渉をする事で自然と他の産業も賃上げ機運が高まるだろうという理論のもとで始まったこの闘争方式も今年で70年目を迎えます。
私が入組した頃の春闘と言えば役員が「このままではミルク代も稼げない!それでもいいのか!」というような言葉が飛び交うものでした。これは1955年の話ではなく2006年の話です。流石に2025年には、そんな言葉はないですが当時は時代劇を見ているみたいと思ったものです。と言うように、春闘も一種のイベントのようになってしまって労使妥協のガス抜きのようになったのが、21世紀の賃上げ闘争でした。もちろんそういう事が全て悪いわけではないですが、現代においてスローガンにするならある意味弱いメッセージになります。浮世離れのように感じるかもしれません。「育児も両立できる職場を!」の方がメッセージとしては有効なのかもしれません。現代において父親も積極的に育児に参加するのは当たり前のようになったのだから、発想の転換は常に必要ですね。核家族化が進み、これほど夫婦共働きが当たり前になった社会において、世帯主が一家の大黒柱であると言う労働運動は思考を変えないといけないです。「アンコンシャス・バイアス」の思い込みはどんどん現代化に向けて走り出さないといけないです。
ただ「うちは春闘関係ないから。労組がないから」と言う労働運動はまた、改革の時期がきています。日本において大きな賃上げ交渉ができるのはほぼ春闘のみであり、これは労組のない職場に一定的な影響力を持つのも事実。価格転嫁を進める上で、労働組合が公共物として役割を果たす上で、直接民主制の代弁者となる上で春闘があれば「世の中が変わる」と言う機運を盛り上げないといけないです。産業別最低賃金の拡充をさらに目指す運動が必要です。
春闘の成果が労働者全員が受けるもの。そうした取り組みができれば、労働組合の公共性がさらに強化できると思います。連合においては、単組で組合費を使い切るなと言う批判は常にあります。私は何度も取り上げていますが、組合員から集めた組合費のほとんどが単組でほとんど繰り越し金になり、産別は声だけが大きくなり、連合はお粥を啜っている。こうした下剋上のような労働運動は続かないと思います。単組が主体性を持って賃上げ交渉に取り組み、産別が価格転嫁に目を配り、ナショナルセンターが統括する。そう言う意味において私はずっとナショナルセンターの強化論です。労働運動の成果は再分配されないといけません。春闘を全ての労働者が参加し、自身の尊厳を知る機会にしなければいけないです。汝の価値に目覚むべし。
参加しよう!全員参加型春闘へ
私は連合の組合員なので、今回は連合のことについてだけその方針をお伝えします。他のナショナルセンターがどう言う方向なのか分からないと言う点がありますが、それこそ賃上げ闘争は全ての労働者に賃上げの恩恵を再分配する闘争なのだから、コアの部分は変わらないはずです。来月2月27日には中央と地方連合が全国一斉の連合アクション中央集会、アクションデモが行われます。東京や首都圏にお住まいの方は有楽町マリオン前にて18時から街宣を行います。連合の今回のスローガンは「みんなでつくろう!賃上げがあたりまえの社会」です。3月8日の国際女性デーはほぼ全ての地域の連合について、街宣が予定されています。まずどうすれば賃金が上がるのか、体感する事がその第一歩です。労働組合は唯一の交渉権があります。ぜひ貴方の職場の思いをお伝えください。その要求は必ず交渉に届けて、全ての労働者に成果の再分配を行う。労働組合は公共物。必ずすぐそばにいる存在を目指しています。
賃上げをするとかえって税金がかかって手取りが減ると言う貴方は、単純に賃上げだけで累進課税は手取りが減るほどの課税がなされる事はありません。そうしたプロパガンダを流している人に限って大体、投資を大々的にやっている人ばかりではないですか?投資市場に資金が投入されると一部の投資家が大変利益が出るので、それを含めて大型減税を主張しているのですよ。そうした事情を隠したままフェイクであろうがなんだろうが流していく。玉石混交の情報奔流の中、無難な回答を見つけるのも至難なのかもしれません。
ただ一つ言わせてください。自分の所得は人任せにしてはいけない。自分の所得を上げられるのは自分だけです。自分が当然交渉主体になれるようにもっと色々な事に参加しようと私はずっと訴えています。YouTubeで嘘を撒き散らすのは簡単で、その情報だけで動いた気になっているのはもっと簡単です。怠惰とも言えます。ただ人が生きる上において、行動が起こせなくなったときそれは自分の生き方を諦めたも同然なのです。権利は天から降ってこない。どういう階級において社会に参加する事は、人間の尊厳を取り戻す第一歩になるのです。