
リチウムイオン電池の事故防止に向けて
小型でも高密度の電力を蓄えられるリチウムイオン電池は、現代社会の必需品であると言えるでしょう。スマートホン、モバイルバッテリー、コードレス掃除機、電動アシスト自転車、電気自動車……製品名を挙げればきりがありません。
マッキンゼー・アンド・カンパニーの試算によると、リチウムイオン電池の世界的な需要は、700ギガワット時(2022年)から4,700ギガワット時(2030年)まで急増すると予測されています。
一方では、発煙・発火などの事故も数多く報告されており、不安を抱えている人も少なくないでしょう。
そこで、本稿では、海外の事例も踏まえ、リチウムイオン電池の危険性を再確認するとともに、現在行われている事故防止への取り組みを紹介しながら課題解決へのアプローチを探っていきたいと思います。
1.リチウムイオン電池の構造と危険性

リチウムイオン電池の基本構造は上図の通りですが、大きな問題点は、電解液に引火性有機溶媒が使用されているという点です。
主な電解液の燃焼性質
・エチレンカーボネート……引火点150 °C 発火点465 °C 沸点260.7 °C
・ジメチルカーボネート……引火点14 °C 発火点458 °C 沸点90.3℃
・ジエチルカーボネート……引火点25 °C 発火点445 °C 沸点126℃
充放電回路に問題があると、電池類は発熱してしまうことが多いのですが、リチウムイオン電池も例外ではありません。この発熱により電解液から引火性ガスが放出され、何らかの火種があると着火してしまいます。
また、電池に異常な力がかかるとセパレーターが破れてしまうことがあり、正極と負極の間で短絡するので、発熱や火花放電を起こし、引火性ガスの発生原因になったり、その火種になったりします。
取り扱いの不備がなかったとしても、製品の欠陥や製造工程での不純物混入等により発熱してしまう可能性もあります。
電池の製品構成にも注意しなければなりません。多くの製品は、上図のような基本構造(セル)を複数踏み合わせ、モジュールとし、高出力を図っている点です。トラブルが発生したセルが一つだけだとしても、その発熱により隣接するセルがさらなるトラブルを引き起こし、次々と連鎖していく熱暴走を発生してしまうのです。
また、正極材料には、200℃以上で熱分解を起こし酸素を放出するものが使われている場合があります。この現象が起きてしまうと、酸素を断って消火する窒息消火法を使えないことになるのです。さらには、正極の集電体として使われているアルミニウム箔が溶融すると、正極材との間でテルミット反応を起こし、1,000℃以上の高熱を発してしまうこともあります。
以上のように、リチウムイオン電池は、些細なトラブルが発端となり発火してしまうだけでなく、ひとたび出火すると消火困難になる場合が多いという特徴があるのです。
2.事故事例
国内外で起きたリチウムイオン電池に関連する事故事例を紹介します。
▷蓄電所内の電池ユニットが爆発(2019年8月 米国アリゾナ州)
リチウムイオン電池を利用した蓄電所(蓄電池容量2.16メガワット時)で異臭を伴う煙が発生しているとの通報により消防隊が出動しました。特異な事例であることから、HAZMAT隊(危険物質対応部隊)も出動し、発生しているガス成分を分析しながら監視を続けました。1時間半ほど経過したところで煙が減少したので、内部確認のためにユニットの扉を開けたところ爆発を起こし、4人の隊員が重度の熱傷を負いました。
事故に関する報告書(英文)は下記からダウンロードできます。
▷メガソーラー内の電池ユニットが爆発(2024年3月 鹿児島県伊佐市)
蓄電池併設型メガソーラー(ソーラー出力1メガワット、蓄電池容量7メガワット時)の建屋から白煙が上がっていると消防に通報があり、駆け付けた消防隊が扉を開けたところ、リチウムイオン電池ユニットが爆発し、消防隊員4人が負傷しました。火災は20時間後に鎮火しました。
▷交通事故による電気自動車の出火・その1(2024年7月 大阪市)
交差点に進入した電気自動車(乗用車)の左側面に、赤信号を無視した乗用車が衝突し出火。消防隊が放水して46分後に一旦火勢が鎮圧されましたが、3分後に再発火したため、直ちに放水を再開したものの、再発火を繰り返す恐れのあることから水密コンテナ(車両全体を水没させられる容量を持つ鉄製コンテナ)により安全な場所へ移動し監視を続けました。その結果、出火から32時間後に鎮火となりました。
▷交通事故による電気自動車の出火・その2(2024年8月 米国カリフォルニア州)
州間高速道路の上り坂カーブを逸脱した電気自動車(大型トラック)は樹木に衝突し出火。消防隊、ハイウェイパトロールのほか電池技術専門家も現地に派遣され、慎重に消火活動が行われました。消火と電池の冷却のため約50,000ガロン(≒189立方メートル)の水が費やされ、周辺道路は14時間にわたって閉鎖されました。
それでも再発火の恐れがあったため、トラックは野外施設に搬送され、熱画像装置による24時間の監視体制に置かれた後、ようやく完全鎮火が宣言されました。
▷トラック積み荷の電池出火(2024年9月 米国カリフォルニア州)
高速道路上で横転したトラックの積み荷であったリチウムイオン電池が爆発を起こし、さらに燃焼を続けました。消防隊は、現場が港湾に近いことから、消火用水の漏洩による環境汚染を危惧し、また燃焼が小規模で周囲に延焼する危険性が少ないことから、燃え尽きるのを待つこととしました。そのため道路と周辺ターミナル施設は、30時間以上閉鎖されました。
▷ごみ処理施設内での出火(2025年1月 埼玉県川口市)
市内の朝日環境センターにおいて、ゴミを溜めておくピット内で出火し、ゴミ運搬クレーンなど重要設備が焼損したため、改修まで数か月がかかるとの見通しです。出火原因は調査中ですが、一般ごみに交じっていたリチウムイオン電池が発火した可能性があるとの情報があります。
▷郵便局での仕分け中にレターパックが出火(2025年1月 札幌市)
市内東区の道央札幌郵便局で、局員が郵便物の仕分け中に、はずみで落下したレターパックから出火。中にはリチウムイオン電池が約30本入っていました。局員がすぐに消火器で消し止め、けが人やほかの郵便物の被害はありませんでした。
3.事故防止への取り組みと課題
▷日用品の対策
まずは身近なところから対策を進めていくことが必要でしょう。
どのような機器で出火しているのか傾向を掴むため、2022年中の東京消防庁管内で起きた事例を分類してみました。

(東京消防庁「令和5年版火災の実態」に基づき作成)
リチウムイオン電池の普及に比例するかのように多くの機器で出火しています。
では、どのようなことが原因なのでしょうか。前述のデータを出火に至る要因別に分類してみましょう。

(東京消防庁「令和5年版火災の実態」に基づき作成)
「分解した」とは、内部の電池を取り出そうとして傷をつけてしまったために発火に至ったものであり、「充電方法の誤り」は、専用の充電器を使わなかったために過充電となり発火したものです。
製品の欠陥によるものが要因の第1位となっていますが、不注意や間違った使用によるものも多くみられますので、未然に防ぐことができたのではないかと思われます。注意ポイントは、正しい充電や無理な力を加えないことでしょう。
電池の使用だけでなく廃棄にも注意が必要です。
川口市での事故事例のように、最近は、一般ごみに混じってリチウムイオン電池が捨てられ、収集車や処理施設で出火する事例が多発しています。日用品に用いられるリチウムイオン電池は、機器に組み込まれていることがほとんどなので、消費者が意識して分別しないと、このような事故は減少しないでしょう。
下記の通り、我が国では、一般社団法人JBRCによる小型充電式電池のリサイクル体制が構築され、電気店やホームセンターなどが不要になった電池の回収に協力しています。
しかし、多様化している販売体制に比べ、電池の回収体制は十分ではなく、面倒だからと不用意に捨てられてしまう傾向にあるようです。
筆者も何度か回収協力店に持ち込んだことがありますが、やや敷居が高く感じたのも事実です。それには理由があります。下記のように回収できる電池かどうかチェックする必要があるからです。
回収できない電池の例
・JBRC会員企業以外で製造された電池
・自動車用電池(二輪バイク用含)
・定置用蓄電装置
・加熱式タバコ
・携帯電話用電池(通信会社で回収)
・ポータブル電源(AC100V出力付)
・外部ダメージがある電池
・電池パックから解体された電池
・水没した電池
・発火危険等のリコールがされた電池
これはリサイクルが目的の体制であり、回収ルートの安全確保の観点から、危険なものを除外するのは、仕方がないことなのでしょうが、事故の多くが回収対象外の電池から発生していることを考えると、危険な電池の回収体制を検討する必要があるのではないでしょうか。
参考になるような対策事例がアメリカにあります。
ニューヨーク市では、2019年以降700件以上のリチウムイオン電池の火災が発生し、29人が死亡しており、その多くは電動自転車や電動バイクのバッテリーの故障が原因でした。
そこで、ニューヨーク市では、危険性の高いバッテリーを下取りし、安全性の高いものに交換できるプログラムを実施しています。(詳しくは下記リンク参照)
▷電気自動車の対策
電気自動車の分野では、発火しにくい構成材の開発や電池を不燃材の容器で覆うなどの対策が行われていますが、意図しない事故により、前述の事例のような火災が発生し、消防隊が苦慮していることも事実です。
熱暴走や電池からの酸素発生を考慮すると、慎重かつ長時間の対応が求められているのです。大阪市の事例のように、車両を完全に水没させ、電池の冷却を図るのが、今のところ確実な方法なのかもしれません。
そうした中、ルノーグループが、Fireman Accessという特許技術を自動車業界全体に無償で公開すると発表しました。
一般的な自動車用電池は車体の底部にあり、容易に近づけない位置にあります。Fireman Accessでは、注水口を明示するとともに、そこに取り付けられているディスク状の密栓が消火の水圧により開放され、容易に注水できるというものです。電池は金属製容器で囲まれているので、短時間かつ少量の水で電池全体を水没させられる利点があります。
電池部分以外の火勢を抑えないと注水口に近づけないという課題はありますが、熱暴走の制御には有効だと考えられます。(詳しくは下記リンク参照)
▷大規模蓄電池設備の対策
我が国では、リチウムイオン電池の電解液が消防法の危険物に該当することから、危険物規制上の概念整理を中心として検討が進められてきました。
論点の多くは延焼防止であり、蓄電所などでは金属製容器に収納するキュービクル化で延焼拡大を防ぐことが見込まれると考えられてきました。しかし、アリゾナ州や鹿児島県での事例があるように、異常を来した電池から発生する可燃性ガスにも配慮する必要があります。
扉の開放などにより酸素の供給が行われると爆発しやすい混合気に変化し、上記のような事例を引き起こす可能性があるので、遠隔でガス状況をモニタリングする設備の検討が必要になってくると思われます。
また、こうした蓄電池設備は大規模化していく傾向にあります。熱暴走の連鎖が急速に進むと、キュービクル化しても大規模な爆発現象につながることも考えられるので、消防隊も容易には近づけなくなるでしょう。遠隔操作による消火方法の開発も急務ではないでしょうか。
おわりに
リチウムイオン電池の安全性を議論すると、どうしても反対派と推進派に別れ、話が噛み合わないことがあります。どのような技術にも一長一短はあり、このような議論の二極化では、有効な解決策を見出すことができないでしょう。
そもそも人類が火を使い始めたときから、文明社会は危険と表裏一体であるという宿命から逃れることはできないのです。
リチウムイオン電池は高密度の電気エネルギーを蓄えています。つまりそれだけ出火危険を秘めたものであることに他なりません。技術革新に依存するだけではなく、いかに安全に使いこなすか、常日頃から考える姿勢が大切なのではないでしょうか。
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