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多発する山火事(林野火災)について考える
ロサンゼルス近郊の大規模火災がようやく鎮火したと思ったところ、国内では岩手県大船渡市をはじめ各地で林野火災の被害が続出しています。
そこで、本稿では林野火災における様々な課題について考えていきたいと思います。
1.延焼の仕方
■立ち木より枯草などが延焼経路に
山火事と聞くと、立木がバリバリと音を立てて燃え上がるシーンを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
確かにそのような燃え方もあります。(下図参照)
しかし、多くの林野火災は、木の根元に散乱している枯葉、枯枝、枯草などが中心になって燃え広がっています。(地表火)
それらの火力が一定規模以上になると立ち木に着火し、さらに燃焼が激しくなっていくのです。(樹冠火、樹幹火)
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乾燥した枯葉や枯草などは容易に着火しやすく、タバコの吸い殻などの小さな火力でも油断はできません。火元から山火事へと拡大する経路のほとんどは、枯葉や枯草などになります。
■延焼速度が速い
林野火災は、市街地火災に比べ延焼速度が速いのが特徴です。下図のとおり可燃物が連続して存在するからです。
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過去の火災事例から、延焼速度は、地表火の場合、4~7km/hといわれており、強風が吹く上り斜面では10km/hに達することもあります。(市街地火災の延焼速度は概ね0.1km/h程度)
この数値をもとに、どのように燃え広がるのか試算してみましょう。
まず直径10mの円形に燃えていたものが、時速4km(≒分速67m)で風下方向だけに燃え広がったと仮定すると1分後には下図のようになるのではないでしょうか。
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実際の火災では、地形の影響を受けたり風が変化したりするため、このようになるとは限りませんが、わずかな時間で広範囲に延焼拡大してしまうことがお分かりいただけると思います。
実際の燃え方を空撮映像で見てみましょう。
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夜間では炎が見通せるので、延焼の最前線の様子がよく分かります。このリング状に燃えている炎を消火するとともに、その手前にあるまだ燃えていない可燃物に水を掛けるなどして、着火しないようにすることが基本的な消防戦術になります。
2.消火は難しい
■地上での消火活動
消火活動の基本は、ポンプ車からホースを延長し、前述のリング状に燃えている部分に放水することですが、この場合、1セットの放水で確実にカバーできるのは、せいぜい10mくらいです。
前掲の延焼シミュレーション図を思い出してください。最初の段階(直径10m)での円周長は31.4mですから、3セットもあれば取り囲めるでしょう。
しかし、1分後(直径77m)は、円周長241.8mにもなり、24セット以上が必要になる計算です。
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実際の活動では、簡単に放水セットを揃えることは不可能なので、1つの放水担当が順次移動しながら活動しなければならず、どうしても延焼拡大のペースに追いつけなくなってしまいます。
さらに、傾斜地ともなればホースの延長や隊員の移動自体が困難になるばかりか、消火用水の確保も難しく、事実上消火不能の範囲が続出することも珍しくありません。
下図のような簡易水嚢を背負って消火する方法もあります。ホースが届かない場所でも消火が可能ですが、水量が限られており(約18リットル)、水圧も低いので、火力が強い段階では効果が望めません。
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■空中消火
ヘリコプターなどの航空機による空中消火は、地上からたどり着けないところに水を散布できるメリットがあります。
しかし課題も残されています。
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ヘリコプターの消火装置の水量は、大きなもので2,700リットルになります。数字だけではピンとこないかもしれませんが、家庭用の平均的な浴槽の水量が200~280リットルになりますから、その10倍くらいだと考えればイメージしやすいでしょう。
かなりの水量にも思えますが、ビルなどに設けられている屋内消火栓の放水量は毎分130リットル以上が基準となっていますから、その20分間の放水量にすぎないのです。(消防隊の放水は1セット当たり200~600リットルくらい)
さらには、枝や葉で散水が邪魔されてしまい、燃えているものに十分水が届かないこともありますから、効果的に消火するには、かなりの頻度で現場と水源との間を往復しなければならないことがお分かりいただけると思います。
なお、自衛隊の大型輸送ヘリコプターCH-47の場合、最大で7,600リットルのバケットを吊り下げられるので、うまく運用すれば消火効率を上げることができるでしょう。
3.主な出火原因
次のグラフは2023年中に発生した林野火災1,299件を出火原因別に分類したものです。
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山火事と聞くと自然現象で発生したような印象があるかもしれませんが、人間が関係して出火したものがほとんどです。
月別の出火件数を見てみましょう。
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乾燥して強い風が吹きやすい冬季に出火件数が多いのは当然ですが、1月や2月よりも3,4月に増えていることに注目してください。
この時期は徐々に暖かくなり、人間が山に入って活動する機会が増えてくるからです。
4.被害軽減のために
■乾燥強風時の屋外火気使用は厳禁
これまで述べてきた通り、ひとたび出火すると消火が極めて困難なことが林野火災の特徴です。出火原因の多くは人間が関係していることを考えると、乾燥強風時に屋外で火気を使用することは、極めて危険な行為だと言わざるを得ません。
消火方法を議論するだけでなく、出火原因を撲滅する努力を優先させるべきでしょう。
■出火に気づいたら
近くに水バケツや消火器があれば、消火を試みていただきたいのですが、無理は禁物です。背丈を超えるような炎になったら、消防ポンプでなければ消せません。速やかに避難し、119番通報をしましょう。
消火器具がない場合はどうすればよいのでしょうか。
燃えている範囲が狭ければ、スコップなどで叩いて消す方法もあります。ただし、むやみに行うと火の粉が飛び散り、返って拡大してしまうことがありますので、叩くというより押し付けて空気を遮断するイメージの方がよいでしょう。
土を掛ける方法もあります。うまく覆えれば、火勢を抑えることはできますが、中で燻り続けることがあるので、消えたと思っても119番通報は必ずしてください。風に煽られると表土が飛ばされ、再燃してしまうからです。
■着衣着火に要注意
小さな炎でも油断はできません。ズボンのすそや袖口などに着火すると短時間で身体全体が燃え上がることがあります。
もし着火してしまった場合は、慌てず水や消火器を使って消しましょう。有効な消火器具がない場合は、次のような消火方法もあります。
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慌てて走り回ったりすると、かえって火の勢いが増してしまいます。そこで、まず立ち止まること(ストップ)。
さらに地面に倒れ込みましょう(ドロップ)。これは、立ったままでいると、上の方へと燃え広がってしまうからです。
そして、燃えている部分を地面に押し付けます(プレス)。空気を遮断して窒息消火させるわけです。
「ストップ、ドロップ&プレス」という消火方法になります。
一般的には、「ストップ、ドロップ&ロール」という言葉が使われていますが、筆者は「ストップ、ドロップ&プレス」をお勧めします。「ロール」は、転げ回りながら燃えている部分を押し付けるという意味なので、「プレス」と消火法の原理は同じですが、転げ回ることに注意がいってしまうと、押し付けが不十分になったり、必要以上に動くことで火の勢いが増したりすることがあるからです。
■住宅への延焼防止
火が住宅地に近づく気配があるときは、早期に避難することが重要です。
このとき余裕があれば、窓を閉め(金属製の雨戸を閉めればさらに効果的)、周囲の燃えやすいものを片づけておくと延焼を遅らせることができます。
林野火災が多発している米国では、住宅を守るために、様々なチェックポイントを発信しています。参考までにご紹介します。
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おわりに
林野火災は一定の規模を超えると消火が極めて困難な状態になります。
筆者は、1988年2月5日に神奈川県西部で発生した林野火災に出動した経験があります。最大瞬間風速は26.2m/sに達し、ヘリコプターによる消火もできません。山中では風向も目まぐるしく変化するので、活動時間の大半は、消火活動よりも転戦移動に費やされるような有様でした。
焼損範囲は210ヘクタールまで達し、絶望感が漂い始めた夕刻、雨が降り始めたのです。まさに恵みの雨でした。もしそれがなかったら、山中で命が尽きていたかもしれません。
毎年各地では林野火災が発生しています。その多くは、ちょっとした注意で発生が防げるものなのでしょう。消火方法のさらなる改善は、もちろん重要ですが、出火予防も怠ってはならないと思います。
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