「お掃除屋さんは見た!家の裏側はミステリー」第9話〜I様宅〜
本日のお客様はI様。
I様は、お掃除のフランチャイズに加盟していた時も独立した時も、変わらず何年も御用命いただいている方です。
定年退職後、お子さんは都心に住み、奥様には先立たれ、広い家に一人で暮らしていらっしゃいました。
I様の奥様がお元気だった頃は、年末大掃除メニューを毎年ご依頼いただいていましたが、最近は毎月2回の簡易クリーニングが加わるようになりました。
「掃除が苦手なもので」
そうおっしゃるI様でしたが、お伺いするといつもキチンと暮らしていて、お掃除と言うより、話し相手がほしかったようです。
毎月の定期クリーニングに伺う日には、I様が美味しいお菓子やケーキを用意してくださって、作業終了後に一緒にいただくティータイムが恒例になっていました。
「ハガキ、いつもありがとう」とI様。
当店のお掃除をご利用いただいたお客様には、定期的にハガキを書いてお送りしています。
ご利用後のサンキューカードの他、誕生日をご登録いただいた方にはバースデーカード、季節のグリーティングカードに、時々キャンペーンのご案内など。
かわいいポストカードを何種類も揃えて、お客様の顔を思い浮かべながら一言メッセージを書き、郵便ポストに投函するのが私の日課でした。
「実は、もらったハガキぜんぶ取ってあるんだよ」
I様は仏壇の前から何かを持っていらっしゃいました。
それは、私がお送りしたハガキを保管しているファイルでした。
「最近はメールで済ませて手紙をもらうことはほとんどないから、嬉しくてね」
「私も嬉しいです。ありがとうございます!」
同業者には『ハガキを出すのは非効率』と言われたりしましたが、I様のようにハガキを喜んでくださったり、時にはお礼状を返信いただいたりすることがあるので、趣味の延長で続けていました。
I様はハガキが届くといつも亡くなった奥様の仏壇に置いて、話しかけていたそうです。
元気だった頃のI様の奥様を思い出して、私もI様も涙ぐみながら一緒に仏壇に手を合わせました。
「奥様、どうぞI様をお見守りください」
心の中でつぶやきつつ。
その翌週。
私の携帯電話に、見知らぬ番号より着信がありました。
(お客様かな?)
「お電話ありがとうございます。○○クリーニングです!」
電話の相手は、I様の息子だと言う男性でした。
「父が入院することになったので、しばらくお掃除は休みでお願いします」
「I様が入院?」
(先日はお元気そうだったのに……)
I様の様子をお聞きしたい気持ちを抑えて、
「ご連絡ありがとうございます。承知しました。I様の回復をお祈りしております」
そうお伝えしました。
「いつもお世話になり、ありがとうございます。父があなたに連絡してほしいと言うので……」
「こちらこそ、I様にはいつもお世話になっております」
「あの、お願いがあるのですが…家事代行の料金をお支払いするので、病院へお見舞いに来てくれませんか?父ひとりだと心細いようで……」
こうして息子さんより依頼を受け、お仕事を兼ねてI様の病室に週3回、伺うことになりました。
「今日もありがとう。冷蔵庫にケーキがあるからどうぞ」
I様はトイレもシャワーも冷蔵庫もソファセットもある、快適な個室にいらっしゃいました。
食事制限もないようで、食べたいものをお取り寄せしている様子。
「検査入院のつもりで来たら、医者が帰してくれなくてね」
基本的に入院中は看護師さんがお世話を行いますが、洗濯物や身の回り品の調達などは家族が対応します。
忙しい息子さんに代わり、院内のコインランドリーで洗濯したり、I様の話し相手をしたり、毎回2時間ほど滞在して帰りました。
息子さんより面会時間が多い私は、お嫁さんと間違えられることも多々あり、I様はその都度、
「娘のようなものです」
ニコニコと答えていらっしゃいました。
思っていたよりI様の入院は長引き、2ヶ月が過ぎようとした頃……
いつものように面会に伺うと、病室にI様がいらっしゃいません。
(検査に行かれたのかな?)
ナースステーションでI様の所在を確認すると、夜更けにI様の容態が急変してICUに入られたとのこと。
ICU前の廊下には、息子さんがうなだれてソファに座っていらっしゃいました。
「父は…もうダメかもしれません……」
狼狽した様子の息子さんになんて声をかけていいか分からず、私もソファに腰掛けました。
「これ、あなた宛に父から……」
そう言って息子さんから手渡されたのは、1枚のポストカードでした。
それは沖縄の海が描かれているポストカードで、
「気に入ったから譲ってほしい」
とおっしゃるI様に、数枚差し上げたものでした。
ポストカードの裏には、I様直筆のメッセージが……
「○さん、いつもありがとう。感謝」
短いメッセージでしたが、今までのI様とのやりとりを思い出して涙があふれてきました。
「父に電話をすると、いつもあなたのことを話していました。ずっと支えていていただき、ありがとうございました」
「私の方こそ、いつもI様によくしていただいて……」
そんなやりとりをしている最中に「ピーッ!」と電子音が鳴り響き、看護師やドクターがバタバタとICUに入ってきました。
それから二日後。
I様の弔問に伺った際、息子さんへポストカードを託し、I様への最後の手紙を棺の中へ入れていただきました。
これまでたくさんのお客様にハガキを書きましたが、お返事をいただくことは稀で、その中でもI様よりいただいたポストカードが一番印象に残っています。
まだまだ子育てや仕事などやりたいことが満載で、I様のところへ行くのはもう少し時間がかかりそうですが、どうかお待ちくださいね。
地上よりI様のご冥福をお祈りしております。
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