「お掃除屋さんは見た!家の裏側はミステリー」第19話〜S様宅〜
本日のお客様はS様。
S様はマンション…ではなく、1フロアに1世帯が住む億ションにお住まいでした。
S様の億ションには、入り口にコンシェルジュがいて、行き先を告げて確認が取れたら、来客者専用エレベーターでお部屋まで移動します。
エレベーターはセキュリティもバッチリで、指定した階以外には止まらない仕組みになっていました。
S様は在宅でお仕事をされているそうで、玄関に一番近い部屋のドアには【Office】のプレートが付いていました。
(S様はきっと人に喜ばれる仕事をされているのだろうなぁ)
そう感じるほどS様の物腰は柔らかく、私たちお掃除屋さんやマンションの管理部門の方にも、分け隔てなく声をかけられるのでした。
私は、家事代行サービスのお店を始めてから、不思議に思うほど「仕事に貴賤はない」という言葉をたくさん聞くようになりました。
独身の時はハウスクリーニングを頼む方でしたので、「あの子がお掃除をするなんて!」と昔の私を知る人はみな驚いていました。
お掃除業は、3K(キツイ・キタナイ・キケン)と呼ばれる仕事のひとつなので、大変そうなイメージがあると思います。
実際、家事代行のお店を始めてみて……
こんなにも「ありがとう」と喜ばれる仕事は他にないかもしれないと思うようになりました。
「今日もありがとう。良かったらお茶でもいかがかな?」
S様はお部屋のクリーニングが終わると、いつも紅茶を入れてくださいます。
最初に「好きな銘柄は?」と聞かれて、「アールグレイです」と答えたのを覚えていてくださって、風味豊かなアールグレイティーをご馳走になっていました。
紅茶をいただきながら、S様は興味深いことをさらっと話してしてくださいます。
「僕も昔、お掃除のアルバイトをしたことがあってね。その時に人として大切なものを学んだと思う」
「そうなのですね。その時に学んだこと、お聞きしてもよろしいですか?」
「それはね…人は肩書きで判断する人が多いということ。例えば、『○○大会社に勤めている』と言うと反応はいいけれど、『お掃除屋さんをしている』と言うと、反応が鈍いことがある」
「それは私も実感します。仕事に貴賎はないと言いつつ…なんとなく距離を置かれるような」
「それは僕も感じたことがある。それで僕は、2枚の名刺を持っているんだ」
そう言いつつ、S様が名刺を2枚、渡してくださいました。
「一つは在宅で仕事をしている個人事業主の名刺。もう一つは会社役員の名刺。僕は個人事業の名刺を出しても態度が変わらない方と法人の方でも取引をしている」
「そうなのですね!そう言えば私も、最初そちらの名刺をいただきました」
「そう。君はマンションのコンシェルジュにも小さな子どもにもお年寄りにも、変わらずに笑顔で対応していた。信頼できる人にしか、大切な書類を置いているオフィスのクリーニングは任せられないからね。」
「そういう風に言っていただき、嬉しいです。ありがとうございます!」
「それで、僕の会社や実家のクリーニングも頼みたいんだが、引き受けてくれるかい?」
「もちろんです。喜んでお伺いします!」
「それから…あなたのお店のブログも拝見した。お客さん目線でしっかり書かれていて感心している。これは相談だが、会社で毎月発行しているメルマガと、新商品紹介ページのライティングもお願いできないかな?」
「正直…驚いていますが、私ができることがS様のお役に立てるのでしたら、お受けしたいと思います」
こうして肩書きに関係なく人を見るS様に、お掃除以外にライティングのお仕事もいただくようになったのでした。
私もお掃除の仕事を通じて、『素材を傷めず汚れを落とす技術』以外に、学んだことはたくさんあります。
富裕層のお客様ほど相手によって態度を変える方は少なく、一般的なお宅のクリーニングにお伺いすると、横柄な態度を取るお客様が多かったりしました。
『肩書きやフォロワー数などで人を判断しない』
これは、我が子にも普段から伝えていることの一つです。
人が見ていないところでも態度を変えずに、黙々コツコツ粛々と進める人が、結局は強いし素晴らしい結果を残すだろうと考えています。
そしていつどこに現れるかわからない、チャンスの女神の前髪をつかまえられるよう、自分の身の回りと心も整えておくことが大切だと、S様から学びました。
S様とは今でも時々メールのやりとりをしていますが、今は海外に生活拠点を移して悠々自適に暮らしていらっしゃいます。
「お子さん達も一緒に遊びにおいで」
S様から嬉しいお誘いを受けたので、実現できるよう今日もコツコツと執筆に励むのでした。
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