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ユーハイムコンフェクト。

幼稚園の頃だ。
私は公共交通機関で通園していた。
湿っぽいバスの匂い、家の匂いを連れた服が鮨詰めで重なっている中
小さな私は見上げても下を向いても
酸欠寸前の気分の悪さと共にバスに揺られた。

20分弱。南蛮美術館というバス停で下車するころには小さな身体はヘトヘトだった。
制服のベレー帽を被り直し、
排気音を後にした時にいつも香ったのは
バス停前のお菓子工場の匂いだった。
焼きあがったクッキーの香りは
少しだけ辛かったバスの中を癒してくれた。

クリスマスの頃には店先の大きなもみの木に
キラキラとした星や天の川が光る。
母親が今日はクリスマスだからと
お店に連れてってくれた。
工場の煙が上がる中、
開店前のシャッターの向こうは何があるのかと
いつもワクワクしていた私は
モールで飾られた店先を初めてくぐる。

ショーケースには夢みるようなブリキ缶が並び、
その上に赤いパッケージに包まれたクッキーが並ぶ。女の子な可愛いが詰まっていて私は言葉が出ない。
「好きなん選び」と言われたので
私は市松模様のクッキーを指差した。
クッキーの入った袋を抱えて、バスに乗り込むと
私の胸から朝の香りがする。
あの朝の香りが共にいることが嬉しくて仕方なかった。

その後、成長して神戸を離れ
また神戸に戻ってきた時には
あのもみの木も工場もなくなっており
重さのない無機質なマンションに変わっていた。

あれから50年。
職場で「チョコちゃん、これ持って帰り」と
紙袋を渡された。
ありがとうございます!と中を見ると
可愛らしいブリキ缶。
神戸スイーツポートという会社だった。

優しい気持ちの中帰宅して、家族で缶を開けた。
蓋を開けた時のこの香り。
娘たちは良い香りだねぇと微笑っていた。

これ、もしかして、と社名を検索した。

ユーハイムコンフェクト、と書いてあった。

市松模様のクッキーを口に入れた時に
「おかえり」と
あの日のご褒美の香りが私に笑いかける。

ただいま、と私は
ブリキ缶の花の模様を親指でなぞった。

ただいま。

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