【FF14】だから僕は【創作】

 闇だ。深い深い闇。
 体の自由はきかない。どんどん落ちていく。

「気づいてよ……ブランカス・フェローシャス」

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「ブランカ!」

 目を開けると、ニグラスが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫か?またうなされていたので起こしてしまったが……」

 ニグラスが優しく上半身を起こしてくれる。頭がズクズクと痛い。

「あ、ああ……大丈夫だ……」

 情けないことに、弱々しい声しか出ない。ニグラスはテーブルから水の入ったピッチャーを持って、空のグラスに注いだ。それを私に渡すと、ベッドのそばの椅子に座った。
 受け取った水を一口飲む。口の中が潤っていくのを感じる。

「酷い汗だ。着替えるか?」
「む……そうだな」

 気付けば寝汗が酷い。イシュガルドは冷え込むので、すぐ着替えたほうが良さそうだ。
 窓の外を見ると、日はまだそこまで高くはない。寝坊というわけではないようだ。

 に、しても――。
 ここ最近は悪夢を見てはうなされ、ニグラスに起こされることが多い。暗黒騎士の力をフレイから継承してからというものの、精神面での不調が続いている気がする。フレイ曰く、暗黒騎士は負の感情を力に変える。少なからず、今まで扱ったことのない力に、私自身もまだ適応できていないといったところか。

「なにか、してるのか?」

 ニグラスにそう問われて、少しぎくりとした。暗黒騎士として特訓していることはニグラスには言っていない。特に言う必要性もないと感じているからだ。正直に言ったほうが良いのか、言わなくても良いのか、悩んでしまった。隠しているわけではないが、フレイの存在がチラつく。きっとニグラスなら、怪しんでついてくるに決まっている。そうなると暗黒騎士の特訓にならない可能性もある。己の負の感情と向き合うには、その場にニグラスがいることは適さない。しかしニグラスに隠しごとはしたくない。悩ましい。

「む……」

 否定とも肯定ともとれない反応が漏れてしまった。しばらくだんまりしていると、ニグラスが笑って吹き出した。

「すまない。言わなくてもいい。"あのとき"も、ブランカは理由を聞かずにいてくれたんだ。落ち着いたら、話してほしいとは思うがな」

 ニグラスはそう言って立ち上がった。

「朝食にしようか」

 私は、ニグラスを"護る力"を身につけるまで、立ち止まるわけにはいかない。

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 フレイとの特訓を重ねてはいるものの、"護るべきもの"が何なのかを掴みきれていない。私の心の底から聞こえる助けを求める声は一体誰の嘆きなのか、わからないまま漠然と時間が過ぎていく。ニグラスを護りたいという気持ちだけでは極意に辿り着けないと、フレイは言う。

「君にとってどれほど大切な存在なのかは察しますが、それは君が本当に"護るべきもの"なのでしょうか?」

 そう問われて苛立ちは覚えても、事実として力が使いこなせている感覚にならないのは確かだ。

「気づいてよ……ブランカス・フェローシャス」

 そう言われてハッとする。フレイの顔を見るが、目元しか見えない彼の表情は伺い知れない。フレイは困惑する私を見て、畳み掛けるように話した。

「もうやめにしませんか? こんな世界は捨てて、僕とふたりでエオルゼアを出ましょう。君を苦しめるこんな世界、護る価値なんてない」

 いきなり何を、そう思って口を開くも、遮るように頭の中に声が響く。

「たすけてよ」

 誰だ。

「僕は、君に生きていてほしいんだ」

 ニグラス、ではない。

「もっと、僕を見てよ」

 フレイの顔を見ると、そこには見慣れた顔があった。
 自分と、同じ、顔。

「"僕"を見てよ。誰からも認められず、受け入れられず、求められなかった"僕"を見てよ……!」
「おまえ、は」

 頭痛が酷い、目眩がする。立っていられない。思わず膝をつく。顔を上げてフレイを見ると、見慣れた黒頭巾に戻っていた。

「お前は何者だ……?」

 そう問うと、フレイは背を向けた。

「……初めて君と出会った場所で待っています。君の答えを、聞かせてください」

 フレイはそのまま振り返ることなく転移魔法でいなくなった。

「そう、……か。アレは、私か」

 うなだれ、地面を見つめる。
 "アレ"は、私が幼少期から自分の中に閉じ込めていた「負の感情」そのものだ。家族からも認められず、誰からも存在を受け入れられなかった、過去の私。

 自分の存在意義がわからなかった幼少期。こんな私なんていなくてもいい、誰の期待にも応えられない。そう思って、承認欲求の全てを殺した。
 そんな私でも、誰かの力になれるのかもしれない。少しだけ浮上した、好奇心にも似たそれに抗うことができずに追いかけた、夜空のような漆黒のたてがみ。彼に存在を認められて、生きる理由を知った気がした。
 彼とさえ繋がっていれば、私が私でいても良いと認められた気がしていた。

 あのときに殺した自分への感情が、いま私を惑わせている。他の誰でもない、自分を愛し、"護る"ことを求められているのだ。

「……ッ、今更」

 何を認めてほしいというのだ。

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 いつもフレイと落ち合うイシュガルドの雲霧街へ続く階段へ向かうと、彼はそこにいた。病的なまでに嬉しそうな声色で、フレイは私に話しかけてきた。

「ああ、来てくれたんですね。僕を選んでくれると思っていました」

 私は深く息を吸った。

「私がここに来たのは、暗黒騎士として生きていくためだ。ニグラスを護るために」

 フレイは、私が言ったことを受け入れがたい態度だった。しかし、静かに頷いた。

「わかり、ました。では、暗黒騎士として最後の試練を君に与えましょう。ホワイトブリム前哨地に来てください。そこで、終わりにしましょう」

 そう言うと、先程と同じように転移魔法でいなくなった。私も後を追うように転移魔法でキャンプ・ドラゴンヘッドのエーテライトへ向かった。

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 キャンプ・ドラゴンヘッドに到着したとき、丁度外の空気を吸いに来たのか、オルシュファンと会った。

「おお! 我が盟友よ! 今日はどのような用事で来たのだ?  『雪の家』はいつでも暖かくしているぞ」

 今は、オルシュファンの優しさが少しだけ苦しい。そんな私の様子を察してか、オルシュファンはすぐに冷静な目になる。

「いまお前は、試練を前にしているのだな。迷いのある目をしている」

 オルシュファンから目をそらしてしまう。自分のしようとしている選択に、自信が持てない。

「しかし、お前の魂の底に眠る熱が、私にも伝わっているぞ」

 彼は近くまで歩み寄り、あのときと同じように私の肩に手を置いた。

「お前は、何も間違えてなどいない」

 力強く背中を押された気がした。

「ありがとう、オルシュファン」

 しっかりとオルシュファンの目を見て、頷く。

「行かないと」
「ああ。お前なら大丈夫だ。なんと言っても、私の友なのだからな!」

 オルシュファンに背中をポンと叩かれる。

「行ってくる」

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 ホワイトブリム前哨地に着いたとき、目を疑った。フレイが、民間人へ危害を加えていたのだ。あたりは騒然としており、何人もの騎士がフレイを囲んでいた。

「ああ、待っていました」

 私の気配を察知したのか、フレイはすぐに声をかけてきた。ゆらりと振り返ったフレイが、私を見る。その奥にいたのは――。

「ニグラス……」

 ニグラスだった。
 どういう経緯で彼がここにいるかは知らないが、フレイはあろうことか"最後の試練"としてニグラスと、ホワイトブリム前哨地にいる民間人や騎士を傷つけている。
 冷静になれない自分を必死に押さえつけて、状況を探る。死者は出ていないようだった。ニグラスも軽傷に見える。

「君をエオルゼアに縛り付ける奴らを、みんな殺してやろうと思ってね」

 フレイは目を細めた。笑っている。

「ブランカ!こいつは何者なんだ……?」

 フレイを跨いで、ニグラスが声を上げる。

「すまないニグラス。説明はあとだ」

 私は背中の大剣を抜いて、切っ先をフレイに向ける。

「お前は、私の一番大切なものを傷付けた」

 フレイは動揺している。ガタガタと体を震わせている。

「ああ……どうして……」

 フレイは顔を抑えてうずくまる。次第に黒いもやに覆われ、姿がほとんど見えなくなった。この間に民間人を逃がすよう、近くの騎士へ指示を出す。切っ先はフレイに向けたままだ。

「ここでアイツを殺せば……君は自由になるのに……"僕"は自由になるのに……」

 黒いもやが一気に吹き飛び、風がおこる。目は背けない。
 もやから出てきたのは、私自身。白髪に、金の瞳。紛れもなく、私。その光景に、ニグラスは困惑しているようだった。

「どうして!? 君は君のために生きていくべきなんだ!!! "僕"と一緒に、君のために!!!」

 私の顔をしたそれは、顔を歪ませて私にそう叫ぶ。

「選んでよ!!! アイツを殺して"僕"を護るか、アイツを護って"僕(キミ)"を殺すか!!!」

 静寂。
 深く息を吸う。クルザスの空気はとても冷たい。こんな気候の中、ニグラスは重傷を負った私を見捨てずに生かしてくれた。この状況でも、考えることはニグラスのことだった。彼を護りたい。彼は諦めなかった。だから私も、諦めない。

「私は、ニグラスを護る」

 そう、言い放った。
 それは目を震わせて、かすれた声を漏らした。

「"僕"は、君が、君のために生きてほしいんだ」

 取り乱したそれの声は、雪に吸われていく。ニグラスは察したような顔で、ただ私とそれのやり取りを見つめていた。

「こいつさえいなければ、こいつさえ……!」

 それはニグラスに向き直り、いつの間にか背中に携えていた大剣をニグラスに向かって抜く。振りかぶり、半ば倒れんばかりにニグラスに突進した。
 私は鋭く息を吐いて地面を蹴る。素早くそれとニグラスの間に入り込む。ニグラスは私がかばい、大怪我を負ったことが過ったようで、私の肩を手で引こうと腕を伸ばした。が、私は自身の体幹で動じず、ニグラスの前に居座る。
 あのときとは、違う。私が護るんだ。

 耳を塞ぎたくなるほどけたたましく金属音が響いた。誰もが目を塞いだが、私とそれだけは一切の瞬きをしなかった。私は自身の大剣を振り抜き、それが持つ大剣を弾き飛ばしていた。高く吹き飛んだ大剣は回転しながら落下し、地面に勢いよく刺さる。
 私の姿をしたそれは、泣き出しそうな顔で私を見ていた。

「"僕"は、ただ……君と……君に……」
「わかってる」

 私は大剣を手放し、そのまま優しくそれを抱き締めた。

「誰かのために頑張る君が、ずっとずっと疎ましかった……。僕もその『誰か』になりたかった……」

 それは、細く、震えた声で話し始めた。

「君はこれからも、『誰か』のために戦い続けるんでしょう。誰に強いられなかったとしても、君自身の意志で」

 背中に腕を回される。弱々しいが、確かな力だ。

「ああ、それは『暗黒騎士』の在り方でもありましたね。君に……とてもよく似合います。これからも、きっと強くなれるはずです……。でも……」

 それは、ついに涙を流して嗚咽混じりになった。

「だからこそ、痛いんだ。まっすぐに進み続ける君に、苦しみを口にしない君に、ただ、『生きて』と届けたかったんだ……!」

 私も、しっかりと背中に腕を回して強く抱きしめる。

「ほかの誰が、その苦悩に気付かなくても、僕だけは……。自分のために、声を上げていたかった」

「ありがとう」

 自然とこぼれたのは、感謝だった。それは驚いたようだった。

「どこにもいかない。だから、一緒に生きよう」 

 それのエーテルが解けていくのを感じる。少しずつ、消滅しているようだった。

「私は、幸せだ。大丈夫だよ」

 それは、生まれたての赤ん坊のように泣いていた。
 黒いもやに包まれ、私とひとつになる。
 ソウルクリスタルが、強く輝いたような気がした。

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 ホワイトブリム前哨地での被害は大きいものではなく、みな軽傷で済んでいた。ニグラスもかすり傷程度だった。

「ブランカ」

 騒動の片付けを済ませてイシュガルドへ帰ろうとしたとき、ニグラスに話しかけられる。聞きたいことがたくさんある、そんな顔をしていた。

「ごめん、ニグラス。色々と説明しないとな」
「いや、いいんだ。それより……」

 ニグラスは私の目の前まで近付く。目は合わせてくれない。

「俺のせいなのか?」

 私の暗黒騎士としての姿と、「負の感情」を目の当たりにしたニグラスは、バツの悪そうな顔をしていた。思い当たる節が多すぎるのだろう。それもそうだ、自身と比較され続けていた幼少期のことを一番気にしてくれていたのは、他でもないニグラスなのだから。
 ニグラスのせいなものか。寧ろ――。

「ニグラスの"おかげ"だ。ありがとう」

 ニグラスは、わけがわからないという様子だったが、私の顔見るなり優しく微笑んでくれた。

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 ありがとう……。
 痛みを知り、悲しみを知り、苦しみを知る我が主よ。
 僕は君の心に還り、世界を守って戦う君の、涙となり、怒りとなり、力となりましょう。
 ……また、ともに旅をしようよ。

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