【FF14】純粋【創作】
「なあニグラス」
灰色の瞳をくりくりと輝かせ、グリザスはニグラスに話しかける。
「なんだ」
ニグラスは眼鏡を外して机に置き、少し面倒くさそうにグリザスを見た。
「ニグラスとブランカってどういう関係なんだ?」
随分流暢に話せるようになったものだと、呆れてしまった。教えたのはニグラスだというのに、余計な知識を入れ込んでしまったかと後悔する。
「なぜ気に掛ける?」
ニグラスはグリザスから目をそらし、持っていた本を開きなおした。理由を問われてうろたえるも、グリザスは宙を眺めてうんうんと唸る。
「え~っと、そうだな、なんでだろ? なんか、気になった?っていうのかな」
ニグラスは浅くため息をついた。
「私はお前に生きていくのに苦労しないだけのことを教えているつもりだが、それはお前が生きていくために必要なことなのか?」
グリザスは叱られているような気持ちになり、うつむいた。
「……ううん、たぶん、いらないこと」
「では、答える義務はないな。さっさと課題を終わらせろ」
「……はぁい」
力なく返事をし、グリザスは用意された問題を解くためにペンを握った。
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「っていうことがあってぇ!」
グリザスは、生きていくための"知識"をニグラスから与えられ、"戦い方"をブランカスから学んでいる。ニグラスが空いているときは机に向かい、本を片手に話を聞きながらペンを走らせる。ブランカスが空いているときは体を動かし、本格的な戦闘指南を受けている。おかげで、グリザスはリテイナーとして何とか生活していける状態になりつつある。
ニグラスのおかげで日常会話はそつなくこなせるようになったのは良いものの、グリザスはまだ若く、覚えた言葉を巧みに使っていわゆる立派な"おしゃべり"になった。
「ははっ、それはニグラスも嫌な気持ちになっただろうな」
ブランカスは、グリザスがニグラスに窘められた話を聞いて、つい笑みを漏らした。戦闘指南の休憩中に、グリザスがニグラスから何を教わっているか話を聞くのが習慣化していたが、今日はまさか愚痴とは思っていなかった。
「なんで俺が怒られないといけないわけ!? その後のビミョーな空気の中でベンキョーしてた俺! えらすぎ!」
「そうだな、えらいえらい」
ブランカスは微笑みながらグリザスの頭をぽんぽんと叩く。グリザスは口を尖らせて、不満そうな顔をしている。
「前に見た本だと、『好き』同士は恋人とか、夫婦だったんだよ。だから、ニグラスとブランカもそうなのかなって思ったんだ」
ブランカスは、なるほどなぁと腕を組んだ。
「ニグラスとブランカは『好き』同士なんだろ?」
ブランカスは腕を組んだまま視線を少し下げて考え込んだ。
「ニグラスとブランカのことなら、気になることがたくさんあるんだ。ニグラスはなんでブランカのこと『ブランカ』って呼んでるんだ? ブランカの名前は『ブランカス』だろ? 俺も『ブランカ』って呼んでるけど、それはニグラスがそう呼んでるからだし……。あと、ニグラスってブランカと話すときだけ『俺』っていうよなー! 俺も、『俺』のほうがカッケーって思うから俺って言ってるけど! あとあと――」
畳みかけるグリザスをよそに、ブランカスはニグラスとの関係性を言語化できないかを考えていた。
ニグラスのことは好きだ。しかし、世間一般で表現される愛とは違う気がしている。ニグラスは大切だし、一生添い遂げたいとすら思っているが……。家族愛なのだろうか。きっとそうなのだろう。うんうん、とひとりで頷く。
「おーい、ブランカ?」
グリザスに顔を覗き込まれ、至近距離で目が合う。
「悪い。考え事をしていた。続きをやろう」
「おう! 頼むぜブランカ!」
グッと拳を握りしめるグリザス。ブランカスも少し離れて、右手を軽く握り、グリザスと向き合った。
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グリザスとの特訓を終えてウルダハの宿屋まで送る途中、クイックサンドでニグラスを見かけた。誰かと話しているように見えたので、ブランカスは少し遠目に様子を伺う。相手は全く知らない人のようで、身なりは冒険者のように見える。邪魔をしては悪いと思い、視界に入らないようにグリザスを宿屋に入れて、クイックサンド内の適当な椅子に座る。
そのまま、しばらく眺めることにした。
ニグラスの表情をよくよく観察してみる。相変わらず表情は固く、一見何を考えているかはわかりにくい。相手は経験の薄そうな新米冒険者のようだ。身に着けているものから察するに呪術師だろうか。照れたように笑い、ニグラスと目を合わせたり、そらしたりしている。恥ずかしそうに手をすり合わせたり、後ろに回したり、落ち着きのない様子だ。
そろそろ会話も終わるかといったところで、新米冒険者が踵を返す。そこで小さく躓いて、転ぶ――ところだったが、ニグラスが相手の腰に素早く腕を回し、すんでのところで受け止めた。ニグラスは小さく何かを話しかけているように見え、それを聞いた冒険者は顔を真っ赤にしている。
「……む」
ブランカスは、心臓の奥がうごめく感覚に襲われていた。
冒険者はニグラスに何度もお辞儀をし、見えなくなるまで手を振って去っていった――ところまでしっかりと眺めていたところでニグラスがまっすぐこちらを見て歩み寄ってきた。ブランカスは、ぎこちなく目をそらす。
「ブランカに気を使われるとはな」
ニグラスはブランカスの正面に座った。
「なんのことだ?」
ブランカスは目をそらし続ける。
「クイックサンドに入ってきた瞬間から気付いていたよ」
ブランカスはぎくりとする。ニグラスは近くを歩くウェイターに飲み物を注文している。
「さすがに悪いかと思って」
下から覗き込むようにニグラスを見る。ニグラスは、いやらしく笑っていた。
「ほう? どう悪いと思ったか聞きたいね」
どう……。口に手を当てて考え込む。クイックサンドのウェイターが暖かい飲み物をふたつ持ってきてくれたので、カップを手で包むように持ち、なお考え込む。何気なく自分の分まで注文するニグラスに、改めて尊敬してしまう。
「あの人は、俺に憧れていたんだと。呪術師としても、冒険者としても尊敬しています、ってな。まあ、よくある話だ」
ニグラスはカップに口をつけてひと口飲む。
ブランカスは思考を走らせていた。憧れ、尊敬――確かに自分もニグラスに抱いている感情だ。竜詩戦争をも終結させた、間違いなくエオルゼアの英雄である彼のことを慕う人など、今は星の数ほどいる。自分はその傍らで生きていたに過ぎない。
「私は、ニグラスのことは家族として好きなんだと思っていた。しかし、なんだろう……さっきのやり取りを眺めていると、まるでヤキモチを妬いているような感情になった。だから、少し違うのかもしれないと思っている」
ニグラスの顔をちらりと見ると、彼は満月と見紛う瞳を細めて満足げに微笑んでいた。
「なるほど?」
ブランカスは羞恥心が沸き上がるのを察し、会話を切り上げようとする。
「今はこれ以上言語化できない。ニグラスは大切だし、好きだ。どう好きかはそんなに重要なことなのか? ニグラスもグリザスも、意地悪だ」
ブランカスにもあの話をしたのかと、ニグラスはため息をついた。小賢しくなったものだと呆れる。ニグラスはカップを持って立ち上がり、ブランカスの頭を愛おしそうに撫でた。ブランカスはニグラスを見上げる。
「すまんすまん。ヤキモチ妬いてるなと思って、意地悪したくなったんだ。俺も、ブランカが大切だし、好きだよ」
ニッと笑った後、ニグラスが飲み物を飲み干す。そのまま、モモディがいるカウンターにカップを返しに行き、宿屋へ入っていく。
ブランカスはカップを握りしめたまま俯いて、顔の熱が引くのを待っている。
ニグラスは宿屋の自室に入り、火照る顔を抑えて天井を眺めていた。
お互いに純粋すぎることにグリザスが気付くには、まだ少しだけ、知識と経験が足りない。
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