
『塔の上のラプンツェル』を完全にナメていたことを謝りたい
はじめて『塔の上のラプンツェル』を観た。
現実世界ではお見かけしたことのないほど長く、美しい髪を持つお姫様が出てくる、あのディズニー映画だ。
平成初期生まれの私からすると、つい最近ディズニープリンセスのレギュラーに仲間入りしたイメージのあるラプンツェル。でも、日本の劇場で映画が公開されてから、もう13年も経ったらしい。
さて、ここで白状させてほしい。
この13年間、私は『塔の上のラプンツェル』という作品を完全にナメていた。そして鑑賞後、「なぜもっと早く観なかったんだ!?」と、心から後悔した。
後悔したどころか、表面的なイメージだけで「まあ、私は観なくてもいいかな」と思いこみ続けていた自分に対して腹立たしささえ感じた。
腹が立ちすぎて、途中から
「公開当時にもっとこの作品の価値を届けるべき人に届けるためのプロモーションができたのでは!?」
と、観なかった自分の責任を放棄して、PRの仕方や口コミ力の弱さのせいにしてしまおうと思うほど。
こんなにいい作品だったなんて知らなかったよ!
アナ雪並みに社会的ムーブメントが起きてもよかったはずの超名作じゃん!
そんな素晴らしい作品をやっと観終えた私が今できることは、ただ1つ。
私と同じように、ただなんとなく、ラプンツェルをまだ観ていない方を1人でも減らすためにこのnoteを書くことだ。これ以上「ちょ、聞いてないよ!」と嘆く人をもうこれ以上増やさないために。
「プリンセスのラブストーリーでしょ?」
「子どもや女性向けの映画でしょ?」
「ランタン祭りのシーンが有名なあれね」
いま、これくらいの認識をお持ちのあなたは、そのまんまラプンツェル鑑賞前の私だ。ぜひこのまま居残って読み進めてほしい。
もしかすると、これまで「自分には関係のない作品だわ」と思い込んでいたあなたの人生に光を灯してくれる作品かもしれないんだよ。
って話をしたいので、どうか私にほんの少しだけ、時間をもらえませんか。
作品鑑賞前に抱いていた超表面的なラプンツェルへのイメージ
私は世捨て人ではない。
普段から人並みにテレビや雑誌、SNSを眺める、友達もちゃんといる、いたって平凡な都内在住の30代女性だ。
そんなふうに普通に生きている人間なので、ラプンツェルに関しても、これまで断片的な情報を目にする機会は何度もあった。
そんな私が映画『塔の上のラプンツェル』について知っていた情報はというと、だいたいこんな感じ。
・グリム童話が原作
・作中には主人公のラプンツェルがとんでもなく長い髪の毛を活用するアクションシーンがある
・これまでのプリンセスとはひと味違うキャラ
・プリンスもまあまあ個性的なキャラらしい
・幻想的なランタン祭りのシーンが有名
・ディズニーアニメ史上最高額の制作費
観たことない割に、結構知ってるじゃん!と思うかもしれない。
でも、それが落とし穴だった。
「知った気になっているものほど、本質を理解できていない」
なんで人生の基本ルールが頭から抜け落ちていたんだろう。
今ざっと挙げた情報は、すべて間違ってはいない。
でも、ぜーんぶ表面的な情報でしかない。
特に過去の自分に「ディズニーに今すぐ土下座しろ」と言いたいのが、作品のハイライトともいえる、ランタンフェスティバルのシーンに対して勝手に抱いていたイメージ。
このシーンだけは、テレビ番組の中で何度も見てきていて、そのたびに
・最高にロマンチックなデートシーン!
・幻想的な映像!美しいミュージカル音楽!
・制作にとんでもない額の予算と時間が投じられたらしい
このあたりがこのシーンのポイントなのね、なるほどね。
と、勝手にわかった気になっていた。本当にバカだった。
塔の上のラプンツェルはね、私たちに関係のない夢の世界で繰り広げられるただのラブストーリーじゃないんですよ。
人の心の中にある光と闇を描いた、私たちの人生の話でもあるんですよ。
なんとなくのイメージが邪魔して、作品が届くべき人に届いていない可能性があるというのは、決して放っておけない問題だ。もったいなさの極み。お節介が発動してしまう。
ランタンフェスティバルのシーンで感情の処理が追いつかなくなる
観たことないぞ、という方に向けて書いている以上はネタバレを避けたいのであまりストーリーについて詳しく書くのは避けておく。
ただ、未鑑賞の方に知っていただきたいのは、無数のランタンが舞い上がる空をバックに、ラプンツェルとフリンがボートの上で手を取り合い歌うあのシーンは、単純に恋の成就を描いたシーンではないということだ。
(もしかして、私が知らないだけで、割と常識だったらすみません)
なぜ、2人がランタンフェスティバルの場にいるのか。
このシーンに至るまでどんな道のりを歩んできたのか。
その道のりの中で2人の関係性がどう変化したのか。
そもそもランタンフェスティバルがどうして開催されているのか。
映画を最初から観て、このシーンの意味を理解したら涙を流さずにいられない。
ランタンフェスティバルのシーンは、その映像美ももちろん素晴らしい。
でも、ストーリーを知った上でランタンの光たちを見ると、処理しきれないほどの大きな感情が湧いてきて、爆発する。
ラプンツェル、フリン、ラプンツェルの両親や故郷コロナ王国の国民たち。それぞれがこの瞬間をどんな思いで迎えたのか想像したら……ああ、思い出しただけで泣きそう。
ただの映えシーンだと思ってたら大間違いだった!!本当に、本当に、申し訳ない……。許してほしい。
ラプンツェルの一体なにが素晴らしいのか
ランタンフェスティバルのシーンがすごいのはなんとなくお分かりいただけただろう。
でももちろん、ラプンツェルの素晴らしさはそこだけじゃない。シンプルにプロットとアニメーションによる感情の描写が、素人から見ても秀逸なのだ。
大人もしっかり楽しめるプロットの完成度の高さ
グリム童話を現代的にアレンジしたプロットには、当然「おとぎ話ならではだな」と思わせる非現実的な設定や展開も含まれる。
「今の確実に死ぬでしょ!?」なアクションシーンからのまさかの生還!?も何度かある。
でも、そんなこと言い出したらキリがないし、創作の世界でそんな野暮なことを言うのは一旦やめよう。
ラプンツェルのプロットがとりわけ素晴らしいのは、童話をモチーフにしているという前提から離れた部分において、物語を前に進めるために描かれたご都合主義的な展開がほとんどないところ。
だから、大人も途中で興醒めせずに、ちゃんと最初から最後まで物語に入り込める。
深掘りしようと思えばいくらでも深掘りしたくなるような重めのテーマもしっかりと作中に盛り込まれているから、直接的に描かれていない部分の解釈について議論を交わすのも面白いと思う。
キャラクターの描写が丁寧
もう一つ、キャラクター設定とそのキャラのパーソナリティや心情の描写がとても丁寧なのもこの作品の魅力である。
特にラプンツェルを塔の中から一歩も出ないように洗脳しながら育ててきた、狂気的なヴィラン、ゴーテルのセリフ、仕草がまさにガスライティング加害者のそれで、大人が見ても恐ろしい。(大人が見た方がむしろジワジワやられる)
それから、ラプンツェルとフリンの心情の変化を見事に表情で表していることにも驚いた。
CGっていつの間に一言で説明するのが難しい複雑な人間の感情をここまで繊細に表現できるようになったんだ!?と、10年以上前のアニメーション技術に今になって感動しているんだから、自分でもおかしい。
こんなふうに、とても細かなキャラクターの描写がミルフィーユのように重なって、HARBSのショーウィンドウに並ぶケーキ並みの高さになっているからこそ、おとぎ話のキャラクターたちに感情移入できる。
これこそ、ディズニーマジック。
そして、完成度の高いプロットと丁寧なキャラクター描写がかけ合わさると何が起きるか。
作り手側がキャラクターとストーリーを動かしているのではなくて、一つ一つのアクションや展開にキャラクターの意思、生命が感じられるようになるのだ!
だから、大人も夢中になってしまう。
公開時期さえ違っていれば
さて、ここまで読んでいただいたラプンツェル未履修組の読者の中には、こうコメントしたくなる方もいるはず。
「そんなに名作なら、なんでアナ雪ほど流行らなかったのさ?」
私もそんな疑問を持った人物の1人だ。
『アナと雪の女王』の国内での興行収入は255億円。一方『塔の上のラプンツェル』はというと、およそ10分の1の25.6億円だそう。
なぜここまでの差が生まれたのか。
その理由について、勘のいい人であればもう薄々気がついているかもしれない。
冒頭に触れた通り、この作品が公開されたのは2024年からさかのぼること13年前の2011年。
そして、この映画の公開日は、春休みシーズンの3月12日。
2011年3月12日。
忘れられないあの日の翌日。
世の中は(少なくとも東日本は)映画どころではなかったあの頃。
当時、私が通っていた都内の大学では校舎の一部が壊れ、春休みが延長になった。この先どうなるのか。そんなことで私も頭がいっぱいだった。
ディズニーファンの方の間でラプンツェルは「不遇の作品」とも言われているそうだけど、本当にその通りだ。
この作品が、この日に公開されていなかったとしたら、きっと社会旋風を巻き起こしていたに違いない。
ラプンツェルは、隠れた名作というほど知名度が低いわけではないけれど、明らかに世の中から過小評価されている。
というか、ラプンツェルというプリンセスキャラクターの魅力だけが独り歩きしていて、作品全体の魅力について語られる機会があまりにも少ないと感じる。
だからこそ、公開日を調べて「そういうことだったのか」と、すごく腑に落ちた。
やっぱりまだまだ届くべき人にラプンツェルが行き渡っていない。
2024年になって幸運にもこの作品と出会えた私は、今さら作品の魅力について語ることを躊躇してはならぬ。とにかくこの場で大騒ぎしようじゃないか。
ちなみに、届くべき人に届かない問題の原因はタイトルにもある。
『塔の上のラプンツェル』の英語版タイトルは『Tangled』(「もつれた」「絡まった」の意)。
ラプンツェルのラの字も入っていないのにはしっかりと理由があって、「プリンセスムービー=女性向けの作品である」という先入観をなくし、幅広い方に作品を観てほしいというディズニー側の意図から、このようなタイトルになったそう。
まさにタイトルから「自分には関係のない話だわ」と思い込んでしまっていた側からすると「その意図、日本語版タイトルにも適用してくれよ!」と思わずにいられない。
本当にもったいないな、と調べれば調べるほどなんか悔しくなってくる。
自分がどの立ち位置から悔しいと感じているのか、わからないけどなんだか悔しい。
101分間を捧げる価値のある名作
このnoteを読んで「なんか勝手な先入観で観てなかったわ」「もしかしたら楽しめるかも」と思ったあなた!
あとは、101分間の冒険に出かけるだけですよ。
特に、今なにかしらの夢を追いかけているけれど、正直本当に叶えられるか不安な人、夢を追うことに疲れてきた人は見てほしい。
「今更いいや」などと考えずに、直近で101分間の時間が取れる日がないかを今すぐ確認しましょう。いや、時間を作りましょう。
この作品を観るのに遅すぎることなんてない。きっと観終わった瞬間に「もっと早く観とけばよかった」と思うだろうけど、今からでも大丈夫。
だって、ラプンツェルは、塔の上で18年間幽閉されても、自分の夢を追いかけることを諦めなかったのだから。それに比べたら13年越しの鑑賞はぜんぜん遅くない。
たとえば、今あなたが自宅でリラックスした時間を過ごしているとしますよね。
Disney+のサブスク契約から始めてたとして、多めに見積もっても3時間後には観終えられるはずです。
だから、どうか観てほしい。
よし、もうこれ以上はやめとく。
ヒステリックラプンツェラーの文章を読んでもらう時間がもったいないし。
必死に説得しようとすればするほど、なんだか悪質な商材を勧めている胡散臭い女みたいになるし。
個人的な感想によって期待値を上げすぎちゃいけないし。
だから、もうこれでラプンツェル語りは終わりにする。
このnoteきっかけで作品を観たという人がもしもいたら、ぜひ「観たよ」とコメントで教えてほしいです。
「観てよかった」と思った方の感想も「そんなに言うほどいいか?」という方の感想も、私はここで受け止めますよ!