羨望の視線【ショートショート】
公園の木製アスレチックを取り囲むようにツツジが生い茂っている。その木々に隠れた薄暗い場所に例の階段はあった。なだらかで短い。下れば小さな芝生広場へ通じている。
足裏に砂利を感じながら、その階段を慎重に下っていくと残り三段のところで幼い少女が蹲っていた。五歳。表情を覗き込もうとすると膝の生々しい傷に目がいった。彼女が両手で抱える小さな右膝がパックリと口を開いている。転んだ拍子に石で切れたのだ。きめ細やかな白い肌を深紅の液がつたう。
そのうちに大人二人が慌ただしく少女の元に駆けつけて彼女は病院へと連れて行かれた。
その膝に幾重も包帯を重ねて帰ってきた彼女に同じクラスの園児が次々と質問する。
「何針縫ったの?」
「痛かった?」
「泣かなかったの?」
「大丈夫? 歩ける?」
いつも1人ポツンとしている彼女がいま、円の中心にいる。その様子をジッと見つめる視線に気付いた。
あの公園は今もあるのだろうか。
階段の先には……。
会社帰りに立ち寄った。遊具は様変わりしていたものの取り囲むツツジはあの頃のまま。ちょうど開花時期で暗がりでも多数のピンクの花をつけているのが分かる。街路灯の頼りない明かりをもとに階段を探せば、黒と黄色で編まれた紐が行く手を阻んだ。そこには「立ち入り禁止」の文字。
ここから先に入ることはできない。瞼を閉じれば眼裏に少女の後ろ姿が浮かぶ。蹲っている彼女の背中に触れるように手のひらをそっと自分の右膝に置く。中心にある僅かな凹凸を人差し指でなぞった。満月の光が縫い跡の輪郭をいつもよりくっきりと浮かびあがらせている。
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