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口の悪いお嬢様は存在するか

明らかに口が悪くなっている。そのことに気が付いた時私は戦慄した。

皆さんご存じの通り、私はお嬢様であり、素敵マダムを志す者である。漁師と農家の孫であり、九州の片隅に生まれるというカルマを背負いながら、それでも魂だけは気高くあろうと生きてきたつもりだ。

武士は食わねど高楊枝。

今この瞬間にたいした財がなくとも、クラシック音楽と薫り高い紅茶を愛し、睡眠科学のパジャマとフェイラーのおハンカチを愛する優雅な女、それが私である。

リモートワークをいいことに朝の洗顔をパスするほどものぐさ太郎であり、学生時代日焼け止めをサボったから頬に太陽のキスマーク(シミ)を付けていたりもするが、魂だけは高潔だ。

それなのに…

圧倒的に口が悪くなっている。

結婚してからだ。

つい先ほどの話だ。平日子供の面倒を一手に引き受けている主夫の夫に、二度寝の喜びをプレゼントするため、土日は私が午前中の子供の世話を請け負っている。

重たい体を引きずって眠たい目をこすり起床。1Fのリビングで息子に朝食を食べさせる。そしてお昼12時頃夫が起きてくるのを待ってタッチ交代。

夫は息子に昼食を食べさせお昼寝をさせる。

私はその間に簡単に部屋の掃除などを済ませ、一人でゆっくりと自由時間を謳歌する。この瞬間のために生きている。

ちなみに今日はこの後アマプラでドラマ「大豆田とわこと三人の元夫」か「珈琲いかがでしょう」を見る予定だ。ああ、考えるだけで歓喜で体が震える。

そんな予定を控えていたため、お昼過ぎに夫が1Fに降りてきた瞬間に私はいそいそと2Fの自室に戻る準備を始めた。

それを夫が待ったをかけた。

「ちょっと待ってよ、どこに行くの?」

「2Fですけどなにか!?掃除機かけようと思ってるんだけど何か!?」

食い気味に回答する。大豆田とわこと珈琲いかがでしょうが私を急かす。だがその話は夫の前ではしない。あくまでも私は家事に忙しくしているアピールである。

そんな姑息な私を知ってか知らずか夫は無垢な瞳を私に向ける。

「ちょっと会話をしようよ。いつも忙しくてなかなかゆっくり話出来る機会ないじゃん」

そう言われて無慈悲に立ち去るような女ではない。

大豆田とわこと珈琲のことは一旦胸にしまい、息子にお昼ご飯を食べさせる夫とあれやこれやと楽しく会話をする。

会話の途中でコーヒーでも淹れようかとキッチンに向かいお湯を沸かしていてふと気が付いた。

リビングから息子の声がしなくなった。夫の気配もない。TVからは相変わらず息子お気に入りのトイ・ストーリーの映画の音が賑やかしく流れていた。

まさかと思い慌ててリビングを覗くとそこはもぬけの殻になっていた。

「やられた!!」

2Fで一人時間をエンジョイしようとしていた私を引き止めておいて、自分は息子にご飯を食べさせ終わった瞬間、私を一人置いて息子と2Fへ撤収したのだ。それも、TVを付けたまま。

とんだ裏切りである。

「ふてえ野郎だぜ。あいついい度胸してやがる」

思わずつぶやいて、この記事のトップに戻る。

私、口が悪くなりすぎている。

新婚当初夫の鬱の症状が酷かったこともあり、幾度となく大喧嘩を繰り広げた。その際私は開けてはならない罵倒語の扉を開いてしまった。開けなくていいドアを開けてしまったのだ。

みなさんにお伝えしたいことがある。

開かなくていいドアは開かないほうがいい。タバコは最初から吸わないほうがいいし、おそらくドラッグやギャンブルもそうなのだろう。

0を1にしてはならない。

一度開いてしまったが最後、後戻りはできない。

結婚前の私の罵倒語のバリエーションなんて「バカ」「アホ」程度の、言われた相手がにっこり微笑んでしまう可愛らしいものにすぎなかった。

決して「てめぇ」だの「おめぇ」だの「野郎」だのを口にすることはなかったのだ。

お嬢様なのに、気品のあるマダムを志す者なのに、圧倒的に口が悪すぎる。


魂だけはまだ汚れていないと信じたい。




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たいたい
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