神秘のパワーを求めて~占いに熱中していたあの頃~
占いは…お好きですか…
私?
はい、まあそれなりに好いております。
こと占いとなると、特に殿方に急激に冷ややかな目を向けられることが多々ある。
先ほどまで和気あいあいと人生観や仕事論を語り合っていた相手が、突然口元に酷薄そうな笑みを浮かべ、まるで稚き童子の取るに足らないたわ言を仕方なしに聞いてあげるかのような顔をする。
「8月のおうし座の運勢がさぁ…」
ひとたび占い好きが口を滑らせようものなら彼らは、してやったりとまるで燕の子のように一斉に口を開く。
「ねえねえ、日本におうし座ってどれくらいいると思う?日本中、いや世界中のおうし座の人たちの8月の運勢って同じなわけ!?」
「姓名判断…」
「同姓同名はみんな同じ性格で同じ人生辿るの!?」
「やっぱ私O型だからおおざっぱなところが…」
「血液型って4種類じゃん!?日本中、いや世界中の人の性格を4パターンに分けるなんて無理がありすぎると思わない!?」
黙らっしゃい、たわけ者!
星座は12種類、血液型は4種類だってことも、同姓同名が全く同じ人生を歩まないことだって分かっとるわい!
無粋オブ無粋。
燕の子らの言うことは一様に野暮であり、バリエーションに乏しく面白味がない。ついでに新鮮さもない。
野暮天たちよ、占いとは、太古の昔から近代に至る途方もない長き歳月、この世界を支配し動かしていた力である。
誰に教えられたわけでもなく世界のあらゆる場所で自然発生的に生まれた神秘のものである。
気の遠くなるような「時」に磨き上げられ受け継がれし人類の指針なのである。
ひよっこがしたり顔でああだこうだと屁理屈をこねるなど笑止千万!
と、いうことで私が若き頃体験した占いについてお話しさせていただきたい。
占いについて熱く語ってみたものの、既に申し上げた通り私は「占い?うんまあ嗜む程度には」というレベルである。
20代の頃よく遊んでいた友人が無類の占い好きだった。
彼女に引っ張られるように私たちはいろんな占い師の元を渡り歩いた。
彼女がそれらの情報をどこから仕入れてきたのは定かではないが、西にすごい霊感占い師がいると聞けば馳せ参上し、東に高名な手相占い師がいると聞けば取る物も取り敢えず駆け付けた。
我々が占って欲しかったこと、それはもちろん恋愛の類である。
ある時友人がまたしても良い情報を仕入れてきたと鼻の穴を膨らませながら報告してきた。
その方はお好み焼き屋の主人であって、なんとお好み焼きを注文すると無料で占ってくれる太っ腹の御仁であると。
さらに、彼の占いによって恋人が出来た、結婚できたなど噂はとどまることを知らず毎日のようにお店は予約でいっぱいだと。
彼女は私に誇らしげに親指を立てて言った。
「予約…取ったけん!!」
私が断るなどとは思ってもみないようだ。
その時期彼女は付き合っている彼氏のことで非常に悩んでいた。
彼の実家がとある宗教を信仰しているということで、彼女はとうとう先ほど、某宗教の大規模集会に連れていかれていた。
そしてその集会で、壇上で音頭を取る見ず知らずのおじさんに倣い「〇〇〇(宗教の名前)ナンバーワーーーン!!!」とみんなと一緒にこぶしを突き上げさせられたというのだ。
集会後、逃げ帰ろうとする友人は、彼氏と知らないおじさんおばさんに囲まれ、ファミリーレストランで長々と人生に関するあれやこれやを語り合ったりもしたそうだ。
「何話したの?」
聞くと「覚えてない。でも3時間くらい拘束されとったわ」
彼女の占い熱の高ぶりも致し方あるまい。
その日我々は仕事終わりにそのお好み焼き屋に向かった。
車中友人は「私、彼氏とこのまま付き合い続けていいものか見てもらうけん!」
と熱く語るものだから私は「占いに聞くまでもなく別れろよ」という言葉を飲みこむのに必死だった。
さてそのお好み焼き屋は一見非常に普通の居酒屋であった。
カウンター席と、畳の大部屋(仕切りなし)に複数のテーブル席が配置されていた。
私たちは畳のテーブルでおそるおそるお好み焼きセットを注文した。
凄腕占い師の御仁が作った有難いお好み焼きはさぞや神がかったお味であろう。
そんな風に無意識にハードルが上がってしまっていたのだろうか。
これ以上ないほどの可もなく不可もない味だった。
占いという付加価値がついていなければ正直リピートはないだろう。
味には少々拍子抜けさせられたが、問題は占いである。
こちらが本筋であるため、我々は早々にお好み焼きをお腹に仕舞い、御仁のお出ましを待った。
お店がひと段落着いたころ合いで、おじさまはとうとう我々の元へいらっしゃった。
「どっちから先にする?」フランクな調子でおじさまはお尋ねになる。
「友人からで!」
すかさず私が答えた。
彼女、どえらい問題抱えてますんで。
おじさまは友人に、畳の上に正座で座るように指示なさった。
両腕を頭の後ろで組まされる。
おじさまは友人の肩回りから脇腹、胸スレスレの部分をさすって、重々しくおっしゃった。
「あなた…肩凝るでしょ」
友人は不安げな様子で恐る恐る頷く。
友人に何か悪いものでも憑いているのであろうか。
おじさまは我が意を得たり!と言った様子で大きくうなずいた。
「でしょう!あんたみたいに胸の大きい人は肩が凝るんよ!」
んん?何か聞き間違ったカナ?
おじさまの有難き言葉を脳みそが処理する前におじさまは続けた。
「はい!畳にうつぶせになって寝て!」
言われるがままにうつぶせになる友人の背中を、おじさまはもみほぐし始めた。
おそらく友人の脳も、おじさまの言葉の処理が追い付いていないのだろう。
お好み焼き屋の畳にうつぶせになる客と、客の背中をほぐす店主。
友人の様子はカウンター席から丸見えであり、カウンターでは普通に数名の仕事終わりと思しきサラリーマンが可もなく不可もない味のお好み焼きを食べている。
なんなら同じ畳の上で別の女性客が我々をちらちら見ながらお好み焼きを食べている。なんだこれ。
ひとしきり背中をさすられ、また正座になり、胸キワキワの部分を触られる友人を私はただ黙って眺めているしかなかった。
もはや彼女は人身御供か生贄か。
「なに!?あんたたち出会いがないとね!?なら今度この店の常連の独身男子ば紹介してやるけん!!」
されるがままの友人が「はあ…ありがとうございます」とお礼を言う声が小さく聞こえた。
いや、あの…
そういうね…即物的な出会いじゃなくてさ、なんかこう…太古のね…運命の出会い的な?魂の片割れ的な?なんかそういう神秘のパワー的な何かをね、こちとら期待してきたんですわ。。
ていうかあのおじさん、ただのセクハラおやじじゃないの?
…とは、帰りの車中どうしてもどうしてもお互い口に出せなかった。
え?私?
もちろん占いは謹んで辞退させていただきました。