I NY(アイ ニューヨーク)
日曜日の午後、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
私はGWに母とお揃いで購入したマグカップにドリップコーヒーを注ぎ、PCを立ち上げ、さあおトイレ行ってからnote書こうかなと思った瞬間に隣の部屋でお昼寝をしていた息子が大号泣で昼寝からの目覚めを主張。
しばらく様子を窺っていたが、夫の抱っこではどうも泣き止まないらしいと結論付け、急遽現場突入。
疲れた顔をした夫から息子が引き渡される。
まずは抱っこでスローな曲調の歌をささやくように歌い息子の正気を取り戻すことに成功。
多少落ち着きを取り戻した息子に次はリズミカルなお歌に合わせて体を揺さぶりご機嫌を急回復させる匠の技。
曲のリズムに合わせながら息子を敢えて元気に、しかし細心の注意を払いながらに床に下ろし、そのまま激しいテンポの歌に移行。
全身を使い踊り狂いながらドア付近まで自然に移動、顔芸も要所要所に挟み息子を笑顔にしたのち踊りながらさり気なく部屋を退出。
夫よ。子育てってのはこう言うものよ。
そうして念願のおトイレを済ませ、ようやくPCの前に戻ってきたらあっつあつだったコーヒーはぬるくなっておりました。
さて本題です。
ちょうど半月ほど前、私はとあることでとてもイライラしていた。
なぜか。
ベットの上に非常に細かな赤い色をしたゴミのようなものが落ちているのである。
そっと摘み上げて右目1.5の我が視力で検分する。
なんだこれ…
いやに鮮やかな赤である。
表面はなんだかツヤっとした光沢を感じる。
だが、欠片自体は乾いている。
私は、ぐっと姿勢を低くし這いつくばるような形で敷布団を隅から隅まで凝視する。
あちらこちらに同じ種類の赤い欠片が散見された。
ハンターのごとくそれらを慎重に採集すると、7欠片程が集まった。
熟考してもこれが何者であるのか皆目見当もつかない。
仕方なしにコロコロで応急処置をしてみたがどうにも気持ちが悪い。
首をかしげながら寝室を後にし、リビングのソファーに座ると、なんとそこにも同様のテカっと輝く真っ赤な欠片が落ちているではないか。
「ちょっとこれ何よ!!」
どこから発生したのか分からぬ真っ赤な欠片が2部屋を跨ぐ形で落ちているということがどうにも気味悪く、私はブリブリ怒りながら夫に心当たりを尋ねる。
夫は首を傾げながら「なんだろうね」と別に興味もなさそうな態度である。
ちょっと待ってくれよ夫。
落ちている欠片が白や茶色だったらなにも私もここまでピリピリしない。
君がソファーに座ったまま食べたリッツ…じゃなくてルヴァンやなんやらの菓子の類やパンの欠片なら文句言いながらもコロコロで回収して終いだ。
だが落ちているのは鮮やかな赤色をした欠片なのだ。
ざっと見渡してみても、我が家の寝室とリビングにそんな色をしたものは存在しない。
何故この気持ち悪さが分からないのだ。
その日以降その赤い欠片は至るところで度々発見され、正体を掴めない敵に私はノイローゼ寸前だった。
その日、夕飯を済ませ息子を寝かしつけるまでの僅かな団らんの時間を、私たちはリビングのソファーで過ごしていた。
夫はソファーに寝そべり、息子は夫の胸付近にまたがって何やら楽しそうである。
夫が言った。
「たいたいちゃん見て見て!T(息子)は俺のTシャツのハートの部分がめっちゃ好きでさ~、ずっと触ってるんよ」
言われてみると確かに息子は夫のTシャツの胸部分を指でさわさわしている。
うふふ。
穏やかな母の表情で微笑みかけた私はハッと目を見開いた。
「それじゃんっ!!!!」
夫がその日着ていたTシャツは、去年部屋着用にと夫が古着屋で購入してきた「I LOVE NY」と前面に大きくロゴが入った通称「アイラブニューヨークTシャツ」であった。
目を凝らして見ると、夫のTシャツは、このハート(LOVE)部分のツヤっとした赤の塗装に細かくひびが入っていて、そのざらっとした感触を息子は楽しんでいたのである。
「質感が同じ!間違いない!!」
私はいきり立った。
「アイラブニューヨークTシャツの赤いとこじゃん!部屋中にまき散らされてたの!!」
急に声を荒げた私に夫も息子もびっくりしたように私を見る。
「古着なんか買ってくるからハートの部分が劣化して落ちちゃうんじゃん!ちょっとそれ着るのもうやめてー!ラブまき散らしながら生活するのもうやめてー!」
今考えると別にそんなに怒るところではないのだが、一週間以上正体不明の赤い欠片に悩まされていた私は、とうとうその正体を突き止めた高揚感と相まって厳しい口調で夫を断罪した。
ともかくこの日を境に、私はその後、見落としていた赤い欠片を追加で見つけても余裕のよっちゃんでコロコロし、夫に目くじらを立てることはなくなった。
出自が定かなものならば、なんら恐れるものではない。
しばらく平穏な日々が続いた。
ある日再びの団らん時間に、夫がアイラブニューヨークTシャツを着用していることに気づいた。
しかし、既に私は自分がこのTシャツの着用を禁じていたことをすっかり忘れていたため、それに対して文句を言うことはなく普通に受け入れていた。
それこそ確か、二人でナミブ砂漠のライブ映像を眺めながら「この動物バッファローだっけ?」「オリックスだってば」みたいなくだらない会話をしていた。
何の気はなしに夫に目を向け何かとんでもない違和感を覚えた。
しかしその違和感の正体が掴めず首を傾げる私。
「オリックスバッファローズに引っ張られてどっちが正解か分からなくなる」などとこれまたどうでもいい会話の最中に、突然私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
夫のアイラブニューヨークTシャツから、ハート(LONE)の部分がきれいさっぱりなくなっている。
夫の胸を指さし「あ…赤い部分消えとる…」と言うと夫はふっと悲し気に微笑んだ。
「全部はぎ取ったんよ(君が怒るから)」
そんなわけで夫は今現在も「I NY(アイ ニューヨーク)」という文法の狂ったロゴTシャツを着ている。
夫がそれを着ている姿を見る度、罪悪感と、かすかな可笑しみを感じ複雑な心境にさせられる。
あのロゴにおいて赤いハート部分はワンポイントとしてなくてはならないものだったのだなぁ。
LOVE部分がぽっかり空いたTシャツは、その色味の少なさも手伝ってどこかもの悲しい。
それを着用する夫の姿にもどことなく哀愁を誘われ、私はいつもより少しだけ彼に優しく接するのである。