鈍行周遊きっぷと熊本と私
旅と私について。
さて、正直言って私は「旅」をほとんどしたことがない。旅行に大きな興味を持っていないということもあるし、何より足(移動手段)がない。
たとえば、車、バス、電車、自転車、徒歩。どれが最も馴染みがあるかと言えば、私は自転車か徒歩である。歩くのは嫌いではないし、どちらかと言えば、ぶらぶらとほっつき歩きながら物事を適当に考えるのは、私の性に合っているのか、けっこう楽しい。
そんなわけで私は「旅行」をとんとしたことがないが、つい先日、熊本へ行く機会があってのんびりと足を延ばしてみた。
九州内のJR・私鉄を三日間乗り放題の「旅名人きっぷ」というものがある。それは特急、快速を除いた――要するに鈍行でしか周れない切符なのだが、三日間で1万円弱だし、私鉄も乗り放題となると中々安く、特別、急ぎでないのならとてもありがたい切符である。
私はその切符を使って鈍行で熊本まで向かい、途中で日本三大車窓にも選ばれたという人吉区間の絶景も楽しむことにした。
SL人吉を予約したのだが、これだけは切符とは別にSLの指定席、乗車料金がかかった(大体2300円ぐらいだったと記憶しているが……)。
SLの旅は中々に面白い。車内にはSL人吉内でしか売っていないキーホルダーやストラップもあるし、芋焼酎アイスという地元で売り出し中のアイスも購入して食べた。
ほとんどは家族連れや夫婦・カップルで、一人で乗っているのは私だけだったが、その分、座席は二つ分使えたし、実にゆったりした旅だった。
そういえば元々「幸福駅」と呼ばれていた駅にも立ち寄った。今は名前が変わっており、これを書いている最中はすっかり忘れてしまって思い出せないが、無数の名刺が駅構内に貼ってある、一種、異様な雰囲気もあった面白い駅である。
何でもここに名刺を貼ったら出世するとかいうジンクスがあるらしい。あいにくと、私は名刺を持っていないので、写真を撮るだけで終わってしまったが。
そうこうして熊本に着き、有名店らしい桂花本店(名前が間違っていたら申し訳ない)という店で熊本ラーメンを食べた。太麺で、キャベツがたっぷりと乗っている、初めて食べたラーメンだった。
私は元来、細麺が好きなタイプであるが、この店の太麺はおいしかった。キャベツがたっぷりなのも素晴らしい。インスタントラーメンでも、炒めたキャベツを入れると美味しくなるものである。それぐらい、キャベツは万能かつエース級の存在なのだ。
……話がズレてしまった。まあ、とにかく熊本へ立ち寄った際には一度桂花本店へ行くことをおすすめする。ラーメン、美味しいです。
結局、私が熊本へ行ったのは友人と会って話をするためだけであって、それ以外はもはや普通の観光だった。夏目漱石の旧家へも行ってきた。熊本で起こった大規模地震の影響で、旧家内までは入れなかったが、庭から家の様子を眺めることは出来た。確か「吾輩は猫である」はこの家で書かれたのではなかったか。そう考えると、感慨深いものがある。
それから吾輩通りと呼ばれる、猫像などが通りにぽつぽつと置かれている道をひたすら歩き、車屋のクロや、吾輩猫が思いを寄せていたメス猫(確かシロという名だったと思うが……)の像などを写真に収めた。
こうして、あとは鈍行でひたすら帰るのみで、私の「旅行」は終わった。
人生観が変わったとか、恋人や家族と素晴らしい時を過ごしたとか、そんなことはない。私にとって近々の旅行とはそんなものである。けど、本人としては満足している。自分の居たい場所に、たっぷりと時間を取ることが出来るのは、一人旅の醍醐味だ。
いずれまた、ふらっと「旅行」に出る時もあるだろう。その時もまた、私は今回と変わらないようにのんびり過ごすに違いないのだ。