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『学校の未来をつくる「働き方改革」――制度改正、メンタルヘルス対策、そして学校管理職の役割』
2019年に中教審「働き方改革」答申が出されて以降、学校の働き方改革が進められてきましたが、教員の働き方の改善や学校の労働環境整備はまだまだ進んでいないのが現状です。
そのようななか、2024年8月に学校の働き方改革の総合的方策を提言した中教審答申「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」がとりまとめられました。
答申がめざす学びの専門職としての教員の「働きやすさ」と「働きがい」の両立は、どうすれば実現できるのか――。
本書『学校の未来をつくる「働き方改革」』では、2019年に中教審特別部会の部会長として働き方改革答申をまとめた小川正人・東京大学名誉教授をはじめとする7人の識者が、これまでの「働き方改革」の成果と課題をデータをもとに多角的に検証し、その実現に向けた道筋を探っていきます。
「はじめに」から、本書の内容をご紹介します。
学校の働き方改革の総合的方策を提言した中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」では、日本の学校は、これまで一定水準の平等な教育と知・徳・体の全人的教育を全国的に保障してきたが、今後、コンピテンシーベースの新学力育成と学びの「構造転換」を通してさらなる高みを目指すことが期待されていると述べている。
そして、そうした新たな課題の取り組みには、学びの専門職としての教職の高度化と優れた人材を教職に確保し続ける必要があり、長時間勤務など学校の労働環境を抜本的に改善することが重要であると学校の働き方改革の意義を強調している。教職への優秀な人材確保という点では、労働力人口減少下で他産業・業界との人材獲得競争にも晒さらされており、やりがいと成長を実感でき安全健康で働くことができる勤労者本位の抜本的な学校職場の労働環境整備が必至となっている。
2024年中教審答申がそのサブタイトルを、「全ての子供たちへのよりよい教育の実現を目指した、学びの専門職としての『働きやすさ』と『働きがい』の両立に向けて」としているのは、正しく、そうした意図を含んでいると思われる。
2019年度以降、学校・教員の働き方改革も本格的に動き出した。この間、マスメディアなどでも学校・教員の働き方改革の話題が多く報道され、関係する著作物や関係者・機関によるSNSなどを通した発信も枚挙にいとまがないほどである。
確かに、学校・教員の働き方改革に対する社会の理解や認知度は高まったように感じるが、そのことで教員の働き方や学校職場の労働環境整備が抜本的に進んだかと言えば、残念ながらその成果は一部にとどまっている。そうした現状も見据え、本書は、学校・教員の働き方改革の現在地を確認したうえで、これまでの取り組みの成果と問題をさまざまなデータと視点から検証し、今後の取り組みのいくつかの重要課題を検討することを試みている。
【本書の構成】
〈Ⅰ部〉
総論として学校の働き方改革の〈これまで〉と〈これから〉を考えている。
まず、学校の働き方改革の起点ともいえる2019年中教審答申とそれを具体化したガイドライン(指針)策定の意義と積み残された課題を確認する。次に、改革の課題を引き継いだ中教審〝質の高い教師の確保特別部会〟が、2019年以降の働き方改革の取り組みをどう総括しどのような新たな方策を示したのかを概観したうえで、今後の取り組みにおいて教育委員会や学校が留意したいいくつかの課題を整理している。
〈Ⅱ部〉
学校の働き方改革の成果と問題を各種調査データから検証することを試みている。
1章では、文科省と教育委員会が実施した2000年代後半以降の各種の教員勤務実態調査データを整理し直し、教員の勤務がどう変化してきているのかを実証的に明らかにしている。
2章と3章は、筆者らが2021年末に実施した全国の校長・教員アンケート調査データを分析して、この間の学校の働き方改革に対する校長・教員の認識と評価、そして、自校での取り組みによりどのような成果や変化、問題が生じているのかなどを明らかにしている。
〈Ⅲ部〉
公立学校における働き方改革で特に重要ないくつかのテーマを各論として論じている。
1章では、働き方改革が旧来の教員の仕事の「捉え方」と「やり方」の見直しを迫っていること、そして、そのことが学校経営のうえでもさまざまな葛藤を生じさせており管理職のマネジメントのあり方が改めて問われていることを論じ、管理職が学校経営上で留意したいいくつかのポイントを提案している。
2章と3章では、給特法下の公立学校の働き方改革を「相対化」して取り組みのさまざまな選択肢の可能性を考えたいとの思いから、国立大学附属学校と私立学校の事例を取り上げている。私立学校は法令上では労働基準法が適用され、附属学校も独立行政法人化された2004年度より給特法から適用除外され、労働基準法下で労務管理が行われているはずであったが、多くの附属学校と私立学校では給特法準拠の運用を行ってきた実態もあった。
そのため、学校の働き方改革は公立学校に限らず、附属学校と私立学校にも労務管理や教員の仕事のやり方に見直しを迫ることになった。その点は公立学校と同じであったが、附属学校と私立学校は労働基準法を踏まえた見直しを求められた。そうした附属学校と私立学校の取り組み事例からは、給特法によって見直し方策の選択肢を制限されている公立学校における取り組みの課題を考えるうえでさまざまな示唆を読み取ることができる。
4章では、精神疾患による長期療養者数が20~30代を中心に急増している公立学校教員のメンタル不調の実情とその要因を整理し、取り組みの課題として、指針と2018年改正の労働安全衛生法の趣旨を踏まえた学校の安全衛生管理体制の整備とその運用上の留意点を論じている。
2019年以降の学校の働き方改革をめぐっては、給特法の改廃論議が社会の耳目を集めた。そのことを踏まえて、5章では、労働裁判における給特法の解釈と問題を考えている。また、教員の労働問題として争われることが多い労働災害(公立学校教員の場合、公務災害)と安全配慮義務をめぐる判例を紹介したうえで、実務上の問題についてもいくつかの課題を指摘している。労務管理責任を負っている教育委員会、校長などの管理職には特に留意しておきたい内容である。
そして最後に、教育行政や学校の現場責任者である教育長と学校長が文科省の働き方改革の方策をどう受け止めどのような取り組みを進めているのか、また成果や課題をどう捉え今後どのように対応していこうとしているのかなどを、現職の教育長と学校長に座談会で自由に語っていただいた。
本書が、読者にとって学校の働き方改革を考え、取り組みを進めていくうえでの一助になれば幸甚である。
編著者 小川 正人
[本書の目次]
【Ⅰ部】総論
学校の働き方改革―これまでとこれから 小川正人
【Ⅱ部】分析と課題の整理
1章 「学校の業務改善・働き方改革」で教員の勤務はどう変わったか? 神林寿幸
2章 学校の働き方改革によって教員の勤務環境はどう変わったか? 神林寿幸
3章 学校・教員の業務類型と志向性 櫻井直輝
【Ⅲ部】各論
1章 「学校における働き方改革」これまでの取り組みの総括と新しい法制での取り組みポイント 川上泰彦
2章 国立大学の附属学校での取り組み 雪丸武彦
3章 労働基準法下の私立学校の働き方改革 荒井英治郎
4章 教員のメンタルヘルス対策と学校の安全衛生管理体制の構築 小川正人
5章 労働裁判と学校・教員の働き方の法理 神内聡
■本音の「働き方改革」座談会 小川正人・川上泰彦・島谷千春・中島晴美
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