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可愛ずっぱい(かわずっぱい)

 子どもが苦手だった。
 周りの大人みたいに、子どもに対してうまく接することができないから、意図的に会うことを回避してきた。
 だが、そんな私も三十歳近くなり、親しい友人に子どもが生まれ、その子に会いに行くことになった。
 午後の穏やかな陽の光で緩んだマンションの中、ゆりかご型のベッドでその子は宙を見ていた。 
 私に気づくと、目だけでなく身体ごとひねって私を見てきた。
 一生懸命という言葉がピッタリな全力の観察を受けて、私はなんとなく気圧されてしまい、少し手前で立ち止まったままその子を見ていた。
 いい歳して赤ちゃんに人見知りしている私を見て、友人は苦笑していた。
「一回抱いてみなよ」
 私が断ろうとする間に、友人はベッドから赤ちゃんを抱き上げた。
「ほら大丈夫。あんまり泣かない子だから」
 緊張しながら受け取ると、水色のベビー服ごしに、生き物としてのたしかな質量と熱を感じた。
 その子は少し不機嫌そうに私を見上げた。
 潤んだ大きな黒目、歯の生えていない口元、肉厚の頬には細かな産毛が生えている。
 ベビーベッドで寝ていたその子は少し汗をかいていて、柔らかさと温もりに加えて、少し酸っぱい匂いがした。
 なんの欲も主張もないその純粋な匂いは、私の心に優しく染み入った。
 この子が、学生時代から知り合いだった私の友人から大切に育てられていることが伝わってきた。
 鼻先が触れないように気をつけながら、もう少し顔を近づける。
「なんかかわいい酸っぱい匂いがする」
 嬉しそうにそう言う私を見て、友人は笑いながらコーヒーを飲んでいた。

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