折々の絵はがき(16)
〈身をかがめた男たち〉マヌエル・アルバレス・ブラボ 1934年
へえ、おいしいのかな、でも入りにくそう。まるで店の前を通りかかったように、絵はがきを見て思いました。満席にはいたく興味をそそられますが、座りやすそうとはいえない椅子に深く腰かけた5人の距離感は「常連」のようにも見え、心の中でつい二の足を踏んでしまいます。彼らのまなざしはそれぞれ目の前の一皿やカウンター奥の主人に注がれているようで、姿勢は揃いも揃って少し前かがみ。食後のコーヒーを前にぼんやりと目を宙にさまよわせているひとにも急いた様子はありません。丸めた背中には陽が当たっています。COMEDORとはスペイン語で食堂を指す言葉だそう。ここは彼らにとって一日の句読点のような場所なのかもしれません。
マヌエル・アルバレス・ブラボは独自の静けさと詩情をたたえた写真を撮り続けた、メキシコを代表する写真家です。幼少期にメキシコ革命が始まり、自国の大きな変化を体験しました。
これは日常にある、いつしか消えていってしまうものをとらえた一枚のように見えます。毎日通う店で隣り合わせたひとと交わす短い会話、いつも変わらない温かい一皿、客を思ってわずかに下げたシャッター、平和な日々。ずっとそこにあると思うものほど失われるのはたやすく、一度失われたら同じものはもう二度と手には入らない。眺めるにつれそんな思いに駆られるのはアルバレス・ブラボが込めた詩情のせいでしょうか。店のなかでは、迎えるひとと訪れるひとの柔らかい思いがいくつも交錯していて、その重なりが空間を生み出しています。眺めていると、いつまでも変わらずそこにあってほしい場所が次々と頭に浮かびます。
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