折々の絵はがき(13)
〈越後の女〉濱谷浩 昭和30(1955)年 松ヶ崎 新潟
まるでカメラを意識せずに作業するのは、いかにも働き者といった女性たちです。耳をすませば話し声が聞こえてきそうですが、どことなく、おのおのが手を動かしながら話したいことを口々にしゃべる気安さが感じられます。失礼ながら、「あれ」とか「それ」ばかりが出てくる、仲良し特有の固有名詞のいらない会話が繰り広げられている気がしてなりません。ふと目をやると、おそろいかと思った着物は似てはいますが柄が違い、頭の布巾の巻き方もそれぞれに自分なりのやり方があるようです。ああ、みんな違う家へ帰るんだな。ふいに彼女ら一人ひとりの生活があることに思い至ります。
これは生活のほんの一コマにすぎませんが、明日も明後日も続くはずの日常の光景は、ここに写っていないその先の時間を自由に想像させてくれます。外で働き、家に帰れば温かい食事を家族のためにこしらえ、それを囲んで食べる。湯気、笑い声。泣く子ども。日常の、いつしか消えてしまうような日々の積み重ねは脈々と続いていくのでしょう。
濱谷浩は東京で生まれ育ち、昭和の始め、華やいだ都会の情景を撮っていた写真家です。あるとき辺境を訪れたことをきっかけに日本の風土と人間に並々ならぬ興味をいだき、それは彼の写真家としての方向性を大きく変えることになりました。一人の女性の顔にごくうっすらとにじむ照れくささだけが、周囲に溶け込んだ彼の存在を感じさせます。歳を重ねたとき、何でもない日々の積み重ねこそが、思いがけず自分の力になるのかもしれない。絵はがきを眺めながらそんなことをぼんやりと考えたのでした。
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