見出し画像

折々の絵はがき(66)

◆〈山頭火シリーズ「あすもたたかう歩かせる星がでている」〉池田遙邨◆
昭和62年 京都国立近代美術館蔵

絵はがき〈山頭火シリーズ「あすもたたかう歩かせる星がでている」〉池田遙邨

 すでに日はとっぷりと暮れています。どれだけの距離を歩き続けたのか、くたびれた山頭火は道端の松の幹へ誘われるように腰を下ろしたのでしょう。ようやく人心地ついてふと空を見上げると、そこには静かに星が瞬いています。「ほう…」。彼がそんな風に息を漏らしたかはわかりません。しかし、夜の青を穏やかに照らす星々の光に、一人きりだった彼の心はどれほどなぐさめられただろうと思うのです。思いがけない美しさはひととき、生きる辛さを忘れさせてくれたかもしれません。美しいものを美しいと思う気持ちは彼の中でゆっくりと醸成され、明日の希望へと形を変えていったでしょう。
 その彼の元へ歩み寄る猫には、夜空に見惚れる山頭火に話しかけたそうなそぶりが感じられます。そう思って眺めると、彼が腰かけた松もまた、くたびれた山頭火をいたわり、優しく包み込んでいるように見えてきます。長く自然の中へ身を置いた彼が、木々や生き物の温かさを敏感に感じとり、そっと心を通い合わせていたならいいなと思いました。
 池田遙邨は89歳の頃、俳人の種田山頭火に思いを寄せ、92歳で亡くなるまで山頭火の句境の絵画表現に挑みました。孤独な旅を続けるなか、ともすればわびしさや哀れを感じることもあっただろう山頭火。しかし遙邨は彼の句から自然の懐の深さや山頭火自身の微笑ましさをすくい取り、豊かな想像力で情緒あふれる世界を描き出したのです。

ご紹介した絵はがきのお求めは こちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?