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折々の絵はがき(10)

〈フォルテット氏(呼び名はプリット)と彼の犬チュピー、パリ 1912年3月24日〉
ジャック=アンリ・ラルティーグ

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◆コロタイプポストカード 〈フォルテット氏(呼び名はプリット)と彼の犬チュピー、パリ 1912年3月24日〉ジャック=アンリ・ラルティーグ◆

 「とんでもないことになった」。犬と男性はどちらもそんな表情をしています。川の向こうまで「さあ飛べ!」とばかりに放り投げられる犬、おそらく大事な犬にそんなことは望んでいないだろう男性。彼がスーツにハットをかぶり、とりわけきちんとした身なりでいることも、あまりに状況とそぐわず見るものの笑いを誘います。犬も男性もそろって意を決したような生真面目な顔をしていて、見ているとじわじわとおかしさがこみ上げてきます。この状況でただ一人、大笑いしているに違いないのがレンズをのぞいているラルティーグでしょう。写っていない彼の、もうおもしろくておもしろくて仕方ないといったくすくす笑いが、この写真からは聞こえてくるようです。

 ジャック=アンリ・ラルティーグは1894年、フランスのパリ郊外、クルブヴォアの裕福な家庭に生まれました。彼は父のカメラに興味を持ち、8歳のときに買い与えられたカメラを手にしてから92歳でこの世を去るまで、日常の幸せな瞬間を記録し続けたアマチュア写真家です。ラルティーグの写真には、彼の屈託のなさや純粋さが透けて見え、ともすれば歳を重ねるにつれいつしか失われてしまう何かがいつまでもきらきらと残っています。

 一瞬をとどめることができる写真は今もなお魔法のようです。きっと誰でも、その一枚につい笑みがこぼれたり、昔の記憶が呼び覚まされたことがあるでしょう。彼は幼いころから写真だけが持つそんな不思議な力を知っていて、だからこそ自分が見つけたとっておきの時間を大切にコレクションしていたのかもしれません。100年前の写真から聞こえてくる笑い声につられて笑う、なんともいい時間をもらいました。

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