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折々の絵はがき(36)
〈あわてる子〉谷内六郎
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片方のぞうりは鼻緒が切れてしまいました。落とさないようしっかり握りしめながら、ここまで息を切らせて必死に走ってきたのでしょう。宿題を済ませてから!ご飯を食べてから!言いつけを守って思いがけず遅くなったのかもしれません。転んでもなりふりかまわず全力疾走した彼からはこの夜をどれだけ楽しみにしていたかが伝わってきます。遠くに見える友達はずいぶん楽しそうです。その光景を見たとたん、間に合わなかった、みんなと一緒に見られなかった、もっと急げばよかった、そういえば転んだ足も本当は痛くって…とぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちがこみ上げて涙がぽろり、もしかしたらこぼれ落ちたかもしれないなと思いました。そこへどん!と打ち上げられた大輪の花火はところどころ木々に隠れていてもあっけにとられる美しさです。思わず息をのんだ彼が、再びみんなの元を目指して走り出す姿が目に浮かびました。
打ち上げ花火はあたりの景色を一瞬で消し去るほどの強烈な印象を残して、はかなく消えていきます。人の手が生む夜空にしか咲かない花。お腹はまだ、さっき響いた音の重みを覚えています。興奮は次第に余韻へと変わり、そのうち思い出になるのでしょう。
谷内六郎は「週刊新潮」創刊から25年に渡り表紙の絵を描きました。少年の感性を失わなかった谷内が描いたのは子どものころに見たようなノスタルジックな昭和の風景です。なりふり構わず走ったこと、くやしくてこぼれた涙。泣いたり笑ったり、目まぐるしく変わる子ども時分の気持ちがよみがえり、眺めていると心のふたがかたかたと音を立てました。
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