見出し画像

折々の絵はがき(22)

〈鴨川夜景〉 小野竹喬 昭和48年 京都文化博物館蔵

画像1
◆絵はがき 〈鴨川夜景〉 小野竹喬筆◆

 少し離れた場所、たとえば川向こうから鴨川納涼床の一帯を眺めれば、煌々と辺りを照らす明かりが遠くまで連なり、まるで薄闇に浮かぶ一隻の大きな船のように見えます。暗くなるにつれて川面にも明かりが映り、水はゆらゆらと金色に輝き始めます。毎年のことにも関わらず、久しぶりに目にする光景はいつもの街を少しよそよそしく見せ、ほんの一瞬ですがどこか知らない土地を歩いているような気持にさせられるのです。

 竹喬も離れた場所から床を眺めています。彼の描く明かりはそっと光を灯す蛍みたいで、見ていると胸のうちにじんわりと温かいものが広がっていきます。まなざしには優しさがにじんでいて、この光景には彼の思い出が重ね合わせられているのかもしれないと思いました。絵の中に流れる穏やかな時間は、いつかの記憶と混ざりあって描かれたものではないでしょうか。見上げれば夜空。遠くには柳。明かりの下、川から吹く風を感じながら大切なひとと囲む食事がどんなに特別だったかがここに込められている気がします。

 小野竹喬は近代日本画を代表する日本画家です。彼は75年に渡り四季折々の美しさを描き続け、作品には生まれ育った瀬戸内の気候と長く過ごした京都の芸術風土が反映されています。『鴨川夜景』は、昭和48年、京都の美しい景観を後世に伝えるため、京都府が京都ゆかりの作家に依頼した絵画群『京の百景』の一枚です。竹喬が残したいと願った鴨川納涼床は今年も床開きの日を迎えました。先が見えない不安の中、手当てのように心をなぐさめてくれるいつもの光景は、大勢の覚悟が見せてくれたものにほかなりません。絵を眺めていると誘いたい人の顔が何人も思い浮かびます。

▼ ご紹介した絵はがきのお求めは こちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?