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記憶を辿る68
『 アレルギー 』
小さい頃から私はアレルギー体質だった。
アレルギーという言葉や、喘息持ちという言葉が出始める時代背景の申し子だ。当時、花粉症という言葉があったかは記憶にないが、春になれば鼻が詰まり、猫を飼っている家に行けば目が痒くなり、カビや埃を少しでも感じればクシャミが止まらず喉も痒くなる虚弱体質。
猫を飼っている友人宅に行けばクシャミが止まらず目は真っ赤っか。
あまりにも酷いので、母親が病院に連れて行って血液検査をするほどで、結果は”猫、ハウスダスト、カビ”に対してレベルは振り切っていた。
今では鼻や目、喉は鈍感になったのか、猫がいようとも多少カビやハウスダストがあろうとも全く出なくなったアレルギーなのだが(笑) 当時は酷いものだった。
このアレルギー体質を母親から聞いたり、時には自分の目で見て知ってはいただろうが、ここまで酷いものだと知らなかった父親は、私に国東工場で行動すべき内容を教えるため、最初の移住先を国東工場の社宅に設定していた。
これが母親だったら布団から絨毯から全て天日に干し、風通しを気にかけた上での設定だったはずだ。私の居た家が綺麗だったんだと言いたい訳ではない。もちろん人がそこに回遊する限り無縁ではない異物なのだが、慣れない埃やカビを感じると出るのがアレルギーなのだ。
これは着いた初日から始まった。
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止まらないクシャミに咳、喉と目の痒みで顔はボンボン腫れ上がり、テッシュの山は堆く積まれていくなか迎える朝である。横の部屋で寝ていた父は、グシャグシャする音に苛立って眠れない夜を過ごしたに違いない。
恐ろしく機嫌が悪い中、この国東工場では6時に起床、始業までは全ての手順が規則正しく”すべきこと”で埋まっており、そのすべてを実行して学ばせた。
社員さんを迎えるまでに”すべきこと”は山積みだったのだ。
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