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客「『1986年』って本を探してるんだけど」書店員「『1984年』では?」イギリスの書店員あるあるの本

Weird Things Customers Say in Bookshops
「本屋で客が言ったヘンなこと」
by Jen Campbell
March 2012 (Constable/ Little, Brown)

洋書を扱う商売をしていてこんなこと言うのはなんだが、自社で扱ってる洋書を買って読むことはあまりない。オイオイ。だよね。

でも言い訳させてもらうと、うちの会社がメインで扱っているのが学術書だからだ。

いわゆる、大学の先生が読むようなやつ。

むずかしい。

新刊書の解説を読んでいても、よくわからない。当たり前だ。

知の最前線にいるような人たちが、最新の研究の成果を記しているんだから。そりゃわかんないよねー。ハーバードやらMITやらで教授やってる人たちの思考回路なんて、しがないいち会社員にわかるわけがない。

Anthropoceneって言葉を知ったのはいつだろう。かなり前から見かけてはいた。ネットで調べると「人新世」と出てきて、「人類が地球の地質や生態系に与えた影響を発端として提案された想定上の地質時代」という意味だと知った。

それから何年もたってからようやく、「人新世」という日本語をちらほらみかけるようになった。『人新世の「資本論」』って本が出て、よく売れたのが去年のことだ。

gig economy ギグ・エコノミーやside hustle サイド・ハッスルだって、けっこう前から新刊書のタイトルやら解説文で見るようになってて、最初こそなんのことやら、だったけど、そのうちカタカナ表記でよく見るようになった。

で、こういうキャッチーなワードにいち早く接しているんだから、そういう情報を効果的に発信すればいいじゃん、って思うよね?

でもねー、それがうまくいかないんだな。

だって、どの言葉が、どの概念が、バズるか、それがわからない。

新刊カタログを読んでいると、毎日のように新しい言葉に出会い、辞書を探しても載ってないので、ネットで検索すると、英語のサイトでしか出てこない、なんてことは日常茶飯事だけど、そのなかのいったいどれが、次に「来る」のか。

そんなのわかってたら、地味ーな会社員なんかやってないよねー

さて、そんな地味な会社員でも、ちょっと読んでみようか、と思ったのが、今回紹介する本。

とうぜん、学術書ではない。

軽い読みものにピッタリ。

表紙のイラストもポップな感じ。子どもの本かと思うような。日本ではイマイチ知名度がないが、イギリスでは知らない人はいないというベストセラー作家のデイヴィッド・ウォリアムズの児童書の表紙に似ている。

著者のジェン・キャンベルは、イギリスの詩人で作家。児童文学なんかも書いていて、いくつかは日本語訳が出ている。でも、以前本屋で働いていたことがあり、そのときに本屋にきた客に聞かれた変な質問をまとめたのが本書。

まず表紙だが、客らしいひげ面の男が、女性の書店員に聞いている。

「ジェーン・エアの書いた本ってある?」

これで「ヤベェ客だ」とわかった人は、けっこう本好き。

「ジェーン・エア」は19世紀イギリスの作家シャーロット・ブロンテの書いた小説であり、その主人公の名前だ。とうぜん架空の人物。

それから、さいしょに引用した会話は、以下のように続く。

客「『1986年』って本を探してるんだけど」
書店員「『1986年』?」
客「そう。オーウェルの」
書店員「ああ。『1984年』ですね」
客「いや。ぜったいに『1986年』だ。だって私の生まれた年だから、まちがうわけがない」
書店員「・・・・」

こうなると、なにをかいわんやだね。

ちょっとせつないのもある。長いけど引用しよう。

(電話が鳴る)
書店員「もしもし」
客「もしもし。ちょっと聞きたいんだけど。姪っ子におくる本を探しててね。姪っ子は6歳なんだけど、どんな本がいいかわからなくて」
書店員「お安い御用です。姪御さんはどんなことが好きですか」
客「さあねぇ。あんまり会ってないから。外国に住んでるんで」
書店員「では、姪御さんのお名前は?」
客「ソフィー」
書店員「ああ、それではディック・キング=スミスの『やりぬく女の子ソフィーの物語』シリーズはいかがでしょう?『ソフィーの6冊』とも言われてるんですよ」
客「ああ、いいね。それ、よさそう」
書店員「いま在庫があるかどうか見てきましょうか?たぶんあると思います」
客「いや、いいんだ。ネットで買うから」
書店員「でも・・・おススメしたのは私ですが」
客「それはありがたいと思ってるよ。アマゾンがこういうことを聞ける人間をおいてくれるといいんだけどねぇ。でも、私はいつだってあなたたちのアドバイスを頼りにしているんだよ」
書店員「・・・」

実店舗のことを英語では、brick and mortar shopという。「レンガとモルタルでできた店」という意味だ。いまや、実店舗の本屋はイギリスでも減少の一途。あるデータによると、イギリスの独立系書店は1995年には1900店舗近くあったが、2016年には900店を下回った。半分以上が店を閉めたのだ。

日本でもそれは同じこと。町の本屋さんがものすごい勢いでなくなっていったし、なくなっていっている。

洋書を扱っている個人経営の書店も同じだ。いま、大学の先生は研究室を訪れる書店の営業の人に会いたがらない。わずらわしいのか、忙しすぎるのか。個人経営の洋書店は、専門分野に特化しているところが多い。研究者の専門分野を把握し、適切な研究書をおすすめする。知を追求する研究者をサポートしているという自負を持って、仕事をしてきたはずだ。

だがいまは、研究者もアマゾンで研究書を買う時代だ。アマゾンなら、価格も安い。価格競争では、とても個人でやっている洋書店が太刀打ちできる相手ではない。

かくして個人経営の洋書店は、この20年で激減した。でもそれでよかったのか。時代の流れなのか。

いろんなことがデジタルに流れるなかで、やっぱりアナログがいい、じっさいに本を手に取って、パラパラ拾い読みして、となりに置いてある関係ない本にもつい手を伸ばして、なんていう、いっけんむだな、でものんびりとした豊かな時間をもとめる人が、少なからず出てきていると思う。

イギリスでは、独自路線をうちだした個性的な本屋がじりじりと増えてきているらしい。

日本でも、町の本屋さんは姿を消したが、個性的な個人経営の本屋さんが、都市部を中心にすこしずつ増えているような気がする。それは、アマゾンや大手書店ではえられない「なにか」をもとめている人が、たしかにいる、ということだ。

私はそこにかすかな希望を見たいと思う。

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