大学生だった。 友人に谷川俊太郎の詩が好きだと言うと「あら今頃?」という反応があった。 わたしがはまったのは高校生の時よと。 誰だって通るわよね、彼の詩はと。 水泳教室に通ってクロールで泳げるようになって 泳ぐのが楽しくて楽しくてできるだけ水に浸かっていたいと思っている頃。 さかな、という詩だったか。 さかなのことばで書いてある。 すかして泳いで、くるっと方向転換してみたりした。 そんな詩の一節に、 ああ、ああ、ああ。 あえぐように思った。 わたしが書きたかった詩だ。
髪の毛を切ってもらうのが好きだ。 三歳になるかならない頃だと思う。 近所の床屋さんへ行って髪の毛を切ってもらうことがあった。 家に帰ると母親が 「あら。切ってもらってきたの?じゃあ、お金払いに行かないと」 そう言ってお金を払いに行ってくれていた。 そう、わたしは三歳の頃からずーっと好きなのだ。 髪の毛を切ってもらうのが。 わたしは毛量が豊かだ。 若い時はそれが気に入らなかったのだけど ここへ来て毛量が豊かなことはとてもありがたいことだと思う。 切っても切ってもまだ
通り慣れた道に見慣れない提灯がかかっているのが見えた。 ん?立ち止まって目をこらす。 『焼肉』。 ?! うわー、焼肉屋さんなんてできたんだー。 思わず近づいてみると今まで通りのヴェトナム料理の店。 あ、そっか。だよねだよねそーだよね。 ひとりつっこみをしつつ苦笑いしつつ通り過ぎる。 漢字は漢字を読めない者にとったら それは意味のない記号なのだ。 あるいは『絵』。 わたしにとってのハングル語やアラビア語がそうであるように。 ヴェトナム料理のお店の人が赤い提灯を見つ
休暇明けの初日。 アルバイト先でのわたしの推し、ミゲルがいう。 「(一月後、バイバイするよ)」。 ミゲルはベネズエラ人。 スペイン語が母国語で英語が得意。 フランス語は理解力はあるが自分からは話さない。 この時も英語だった。 英語の苦手なわたし。 「(え、なになに。なんて言ったの?)」 二、三度そんなやり取りをする。 ようやくミゲルが店を辞めることを理解する。 わたしたちは最初からこうだった。 コミュニケーションが取れないのだ。 それなのにわたしたちは妙に波長が
って、なんの? ……、アルバイト再開の。 三週間の休暇中はわたくし、しあわせでした。 寝る時のしあわせ感。 起きる時のしあわせ感。 く。 明朝八時より通常運転になります。 通常運転中もしあわせなんだよ。ほんとほんと。 会いたい同僚、 会いたくない同僚、 どちらともどうぞまたよろしく。 さあて。 がんばるぞ。
またまた肉屋へやって来た。 明日、下宿人くんがドイツから戻ってくる。 一週間、飲まず食わずの旅から帰ってくるのだ。 出かける時は豚の角煮で見送った。 お出迎えはビーフシチューにしよう。 朝、お腹が痛くてなかなか起きられず 肉屋に到着したのはお昼の十二時近い。 週末は混む。 わたしの斜め前のムッシューが順番を越されたとかなんとか。 教育がなってないとかなんとか言い出している。 まあね。勝手にぐちってて。知らん顔をしてやり過ごす。 またしてもわたしの前のマダムの大量買がす
午前中のうちにお出かけ。 かなり暖かそうなのでいつもより軽装で。 手芸店を目指す。 お目当てのものを探すことはすっかりあきらめている。 街中へ出てバーゲンに突入していることを知る。 そうか。バーゲンか。 手芸店にはもちろん探しものはない。 いや、もう探しているわけではないのだが もしあるといけないのでちょいと店内を見回してみただけのこと。 気分を変えたくなり 大型スーパーマーケットへ。 ここでもつい手芸コーナー、 といっても下着売り場の片隅にもうけられた極小の、 に
幼稚園児が使うリュックサックを縫っている。 それ用の金具?を探している。 手芸屋さんになくて、今朝はあそこなら!というお店を目指す。 家の前から出ているバスに乗ってみる。 バス停はわたしの住むアパートから道を挟んだところにある。 自分の住むアパートをこんな角度から眺めるのは新鮮。 三つの建物がピッタリとくっついて建っている。 雨戸のしまっているところが多い。 あら。あのお宅、なんだかすてきっぽい。 数日前からずっと雨模様だった。 今朝になって雲が切れ、ちょうど晴れ間
わたし。若い。中学生くらいか。 上の歯が二本、抜けた。 わっちゃー、と思っていると三本目がグラグラしている。 これも取れそう、と思って触ったらほんとうに取れた。 上の歯、中心から左側が三本。 親やらきょうだいやらが周りにいて みんな和やかに笑っている。 悲壮感はない。 「明日アルバイト行けないわ」 と思う。 夢はここで終わり。 むかーし、 歯の抜ける夢は性的欲求不満の現れやから 見ても公言しない方がいいですよ、 みたいなことを誰かが言っていた。 性的欲求不満は確
二回目の受診。 統合失調症の診断を受けている長男。 十八歳に診断されて今年二十四歳になるからもう六年だ。 長男にどう接すればいいのかわたし自身が精神科医に相談した方がいい とフランス人の友人にすすめられ なるほどそんな手もあるかと受診してみた。 去年のはじめに二軒、電話で問い合わせると 二軒とも「新規の患者は取らない」と断られてしまった。 どんだけ多いんじゃ精神病患者。 その二軒は友人からの紹介で 手当たり次第に他の医者を探すという気にもならず なんとなく放っておいて
「え、本、好きなの?」 そんな会話のやりとりがあって、家が近所だから 本の貸し借りができたらいいねと言い合い、 自然発生的に図書クラブが誕生した。 わたしと大きな本棚を所有している友人とジュンちゃんの三人。 昨日は今年初で二回目のクラブ活動。 大きな本棚を持つ友人の本棚にはわたしの読んだことのない本が それはもう数え切れないほど並んでいてそれを眺めるだけであがる。 お茶を入れてもらって身のない話に花を咲かせる。 あー楽しい。 友だち、いないなあ。 だいたい友だち、ほ
昨日の夜、ぼんやりと献立を考えた。 月曜日から下宿人くんが一週間、ドイツへ。 サッカー観戦の旅なのだって。 二泊六日。 つまりほとんどバスか電車泊。若いわ。 なに作ろうかなあ。 あ!そういえばまだ豚の角煮、作ってないな。 というわけで 日曜日の朝、肉屋へ出かける。 いつも並んでいる肉屋だが今朝はそうでもない。 時間は九時過ぎ。 わたしの前のおそらくアフリカ系のマダムが 爆買い中。 クルマ付きのキャリーバッグを満杯にする気でいるらしい。 鳥三羽、ぶつ切り。 鳥の胸
昨日のどしゃ降りとうってかわって晴天の今日。 そうだ!靴を洗おう。 連日履いている雪道ようのブーツ。 数年前にセール品で買ったこれがここのところ大活躍。 中がボワになっていてあたたかい。 雪道ようだから雨の日もはける。 年中バスケットで通す派のわたしだがこの時期はバスケットだと足先が冷たくなる。 このブーツだとそれがなくてとーっても楽。 側面の白い部分に石けんをつけて歯ブラシでこする。 ついでに汚れているバスケットも洗う。 こちらは靴ひもを外して。 日当たりのいい
昨年末、日本人の同僚ができた。 女性でかつ五十代。 フラットかつニュートラルな態度で接した、と思う。 なんの偏見もなかったし。 単純に仲良くなれたらいいな、とも思ったし。 そんなこちらの思いとは裏腹に 彼女と話せば話すほど、しんどくなっていく。 あれ?なんだろこれは。 話が、通じない。 話が、交差しない。 話が、発展しない。 彼女の言ってることが、なんのことかよくわからない! して欲しいと願うことが実行されない。 頼んでもいないことが実行される。 あれ?えーと。こ
年末の仕事納めの日は大掃除で いつものように日付が変わってずいぶんたった頃に終わった。 同僚がバイクで家まで送ってくれた。 その時借りたヘルメットを返してほしいとの連絡が。 あの日はお互いにいらない食材をたくさんもらって 彼女もヘルメットを持ち帰る余裕がなかったのだ。 ウチへ取りに来るとかいうことだったがタイミングが合わず。 ちょっと考えてお店に持っていくのがいいような気がした。 お互いに鍵を持っているから 彼女の都合のいいときに引き取りに行けるし。 という理由で出
ジュンちゃんから電話。 大晦日、元旦とレストランのアルバイトをこなした彼女。 ひと仕事終えてほっとしている様子。 お茶でもするう? わたしのお茶する、は100パーセント、ウチでお茶する、の意味だ。 外でお茶するより百倍くつろげる。 近所にある気になっているケーキ屋さんのケーキを頼む。 うわー!やっとあそこのケーキが食べれる、とちょっとあがる。 まだパジャマだったのでせめて着替えておくかとベッドからはいだす。 顔を洗う。年末の風邪のときにできたおでことくちびる横のおで