自分に魔法をかける方法

大人になると褒められることがグンと減る。
「自分」という存在が薄れていくような感覚。
年を重ねても、ずっと変わらず私というものは同じ濃さで存在しているはずなのに。
このなんだか寂しいい感覚の原因は一体なんなのだろう。

薄れさせているのは、周りの何かに原因があるのではなく、私自身の「自分」への働きかけに原因があるのではないだろうか、とふと思った。
 
「私なんて」という感情から「見ないで見ないで」と、そうやって自分という存在を薄れるように願っているのは実は自分自身なのかもしれない。
本当は主人公でありたいと心の中心で思っているはずなのに
それを色んな言い訳を用意して、なかったことに見えなかったことにしてしまっているのは、どうしようもなく私自身だ。
凄く苦しい悪循環。
どうかここで断ち切りたい。
 



美しくある人は凄いと、今の私は素直に思う。
沢山の手間が必要だから。
怠惰な気持ちに打ち勝ってその手間を引き受けてきた過去を感じるから。
その過去の選択に拍手喝采。
その帰路はほんの些細なものなのだけど、その一歩が凄く凄く億劫になるのを知っている。だからこそ、みんなすごい。

 大人になると引き受けろものの量が、責任を持つべきものの量が、多くなっていく。「自分」をすっかり忘れて後回しにしてしまうことに繋がっていく。
自分を大切にしてあげないで、周りの大切な皆を大切にできるだろうか。
「大切にする」というその手段は美容だけではないのだけれど、私にとって美容はそこに含まれているのだとハッと気づいた。
 
お花屋さんで働いている。
植物に触れる。とげとげがあったり土がついていたり。
水に触れる。大きな花瓶を毎日ごしごし洗う。飛び散ることも当たり前。
大きな段ボールや鉢を抱えてあっちへ、こっちへ。お花屋さんは想像以上に体力勝負の職場。
ずっと立ち仕事。お花のために職場は年中極寒。
 
おまけに雪国で、駅から職場まで雪道を数十分ずんずん歩いていくのが私の通勤スタイル。
そして、はじめての正社員としての勤務。同時に初めての同棲。
 
お仕事柄どうしても汚れてしまうから。
雪の中を歩くと髪が濡れてしまうから。
朝早いから。
同棲生活の節約のため。
美容は自分の中での優先順位は低いから。
仕事が忙しいから。
 
どうせ。どうせ…。
これは本心のはずなのに、自分に何とか言い聞かせて言いくるめているような息苦しさが残る。
 
「こうした方がいい」と「こうしたい」のズレ。苦しい。

お花屋さんに素敵なカップルがいらっしゃった。
きっと私と同い年くらいの二人。
共通の友人にお花を送りたいということで一緒にお花を選んだ。
彼女さんの方が、
睫毛がぱちんと上がっていて、
アイシャドウが瞼の上できらきらしていて、
ハーフアップの髪の毛先は丁寧に巻かれていて、
指先はシンプルなストーンがついたブラックのネイル、
ヒールを履いて、お洋服もとってもかわいくて、
おまけにとってもいい香りを纏っていた。
 
お花を選ぶそんな素敵な彼女の横で私はとっても心細くなってしまった。
いいないいな素敵だな。私もこうありたい。

素直に真っすぐそう思った。
みじめな気持ちを羨ましいの気持ちが超えてきた。
 
メイクをすること。
髪をしっかり巻くこと。
ネイルをすること。
お気に入りの服を着ること。
肌のお手入れをしっかりすること。
好きな香りを纏うこと。
肩甲骨と恥骨を意識して姿勢を正すこと。
自分の中にはちゃんとそれなりの理由があって、離れていた。
 
どうしても他のことでいっぱいいっぱいで手が回らない。
なくてもいいのだけど。もっと大切にしたいことがあるのだけど。
だけど。だけど。
 
可愛くいたい。綺麗でありたい。美しくなりたい。
そう思うのは私にとって凄く自然なことだ。
もっと耳を傾けてあげたいと思う。
今できることって何だろう。
「こうしたい」に従ってもいいだろうか。
 
整形をしたいとか、5キロ痩せたいとか、そういうことじゃなくて。
自分へ魔法をかけることを蔑ろにしたくない、ということ。

ほんの小さな手間で魔法をかけることができるんだった。
すっかり忘れてしまっていた。
自分に魔法をかけることの優先を下げてはいけなかった。
シュッとワンプッシュの香水が、ラメの可愛いアイシャドウが、お気に入りのワンピースが、とんでもない威力を持った魔法なのだ。
 
魔法はなくても生きていけるかもしれない。
でも、私の日々はその魔法の力で成り立っているのかもしれない。
ぐるんと状況を変えてしまう力はないけど、小さなつまずきで立ち上がる強さをくれる。
ダメになりそうなとき「大丈夫かも」って思わせてくれる。
その「魔法」という過去の自分による小さな仕込みで、今を乗り越えられたりするんだ。
女の子は皆そうかな。少なくとも私はそうだと思う。
 
瞼がキラキラするだけで、唇がウルウルするだけで、頬がほんのり色づくだけで、毛先がくるんとひと巻きされているだけで、自分からふっと優しい香りが立ち上がるだけで、指先がかわいい色をしているだけで
どうして勇気が湧いてくるんだろう。少し胸を張って歩けるようになるのだろう。
本当に魔法だ。
魔法使いのおばあさんに会わなくても、不思議なランプを見つけなくても。自分の力で自分にかけてあげられるお手頃な魔法が、自分をお手入れすることなのかもしれない。

大人になった。
抱えるものが多くなった。
だからこそ、自分で自分に魔法をかけてあげたい。
そうやって踏ん張って抱えるべきものをぎゅっと守っていきたい。
守るために自分の存在を薄めてしまう必要なんてないのだから。

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