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「串カツ奇談」
こんにちは。焼きナスが食べたい私です。
冬なのにね。おかずにも出したいのだが、ウチに焼き網が手ごろな焼き網が無いので、未だ実現できずにいます。
さて、今回は数年前のある公募に落選したショートショートです。
アイデアは悪くないな、って思ったのですが。なんでしょうね。
チマチマしてるのと、稚拙さが目立つっていうか?
でも、読むと串カツは食べたくなるんじゃない?って思うのですけど。
ではどうぞ。
Ⅰ
給料日が目前の、月曜日の午後三時という時間ゆえ、だろうか。その串カツの店には、カウンターに客が一人居るだけだった。代休が取れたのに昼の二時過ぎまで寝てしまって、やっと見つけたこの店に入ったタジマに、その男性客はちらっと視線を投げかけてくる。立地はそれほど悪くないのに、
太ジマが思っていたより空いている店だった。
にこやかに挨拶してきた制服姿の女性店員に注文を聞かれ、タジマは生ビールを注文する。カウンターは清潔でメニューも見やすく、価格が税込み表記なのが少し嬉しく思えた。豚肉とうずら玉子と、そして、大阪に引っ越してきてから初めて食べた、紅しょうが。各二本ずつ。それと冷や奴にしよう。付け合わせにキャベツもあるし。まず、そんなところだな。手書きで書かれた「本日のおススメ」は、定番を食べてからにするか……。ひととおり見渡した店内は、ありふれた、少し派手めのチェーン店風の居酒屋、といったところである。
Ⅱ
ビール、冷や奴と順番に運ばれてきて、冷や奴に半分ほど手を付けたころに、串カツが運ばれてきた。キツネ色で、キメが荒くて少し薄めのコロモがつけられている。タジマは、目の前のアルミ缶に入った黒いソースに紅しょうがの串カツをたっぷりひたし、唾を飲み込んでかじりついた。
とても美味しかった。紅しょうがの酸っぱさに、荒めのコロモがトゲトゲと追い打ちをかける。ソースの甘辛さがそれにからんで、口の中が、うまみでいっぱいになった。このソースの美味しさはなんだろう?ああ、もう一度、コレをソースに浸したいな。それはやっちゃいけないんだけど。付け合わせのキャベツをスプーン代わりに、紅しょうがにかけてみようか。タジマがそう考えてキャベツに手を伸ばしかけた時、突然、声をかけられた。
「ええんやで!兄ちゃん、漬けても!」
タジマがそちらを見ると、ビールが半分ほど入ったグラスを手に、老いた男がニタニタ笑っている。目元はほんのり赤い。わりと飲んでいるようだ。
「え、いやいや、オジサン、ダメでしょ」
「なんや、兄ちゃん、ここ来るの、初めてなんか?この店は二度漬けOKなんや。こんなふうにな」
男は、食べかけて半分になった玉ねぎか何かの串カツを、ソースの缶に差し込んだ。そのまま絵筆でも洗うようにぐるぐると回す。ソースにまみれた串カツを引き上げ、グイっとひとくちでしごき取って、満足そうにタジマを見る。
「これがサイコーなんや。ヨソでやったら袋叩きにされるやろうけど。この店はこれが正解なんや。店の中見てみい?どこにも二度漬けアカン!なんて書いてへんやろ?」
全く悪びれる様子のない男に、違和感を感じたタジマは、店内をまた見渡す。男の言う通り、二度漬け禁止!という貼り紙は見当たらなかった。
「いや、でも、他のお客さんの迷惑でしょう?」
怒るべきところなのか、笑って冗談にまぎらわせるところなのか、タジマが反論しかけた時、別の声が聞こえた。
「セガワさん、初めてのお客さんをからかっちゃ駄目ですよ」
先ほど注文を取りに来た、女性の店員だった。ネームプレートには「チグサ」と名前が書かれていた。
「いやいや、ちーちゃん、ワシはこの店のルールをこの兄ちゃんに教えたろうかな、思うて声かけたんやん」
「納得しました。セガワさんは親切ですねえ。まだ、お代わりを飲みますか?」
「もうだいぶ飲んだしなあ。最後はレモンチューハイでええわ。薄くして」
セガワ、と呼ばれた男は常連客のようだった。持っていた端末に注文を登録した後、チグサがタジマの方に振り向き、声をかけた。
「お客様、失礼いたしました。当店の串カツはお好みの回数でお好みの量のソースを、お望み通りに漬けて召し上がっていただけます。それを当店も推奨しておりますので」
さわやかな微笑みをタジマに見せ、チグサは厨房の方へ戻って行った。
「な。『当店も推奨しております』やで?やってみぃ、て」
セガワがニタニタとけしかけてくる。その笑い方はイヤだったが、チグサの笑顔と、好奇心がタジマを動かした。今度は試しに、豚肉の串カツを手に取り、ソース缶に入れ、一口かじる。そして二度目。三回ほど、串を回してみて、おそるおそる口に運ぶ。
「なにこれ……もっとおいしくなってる!」
「そうやろが!不思議やなー。なんでこんな美味いんやろな。ここの串カツ食べたら、もうヨソでは食われへんねん」
残った串カツも同じように二度漬け、三度漬けをして食べてみる。どの具も、ソースに漬ければ漬けるほど、おいしさが増していくようである。注文を取りに来たチグサに、タジマは尋ねてみた。
「どうして、漬ければ漬けるほど美味しくなるんですか?」
「企業秘密でもあるのですが、何度も串カツを漬け込むことによって、食材とコロモのうま味が引き出されるソースを使っているのです。弊社の社長が開発した、当店独自のオリジナルのソースです」
「ここの社長さんはすごいねんぞ。エエトコの大学の理数系かなんかを出てはるんや。めちゃめちゃ研究熱心な人らしい」
笑顔で答えるチグサの後に、自分の手柄話をするように、セガワが割り込んでくる。
「でも、他人が使ったソース、と思うとなんか……衛生面の不安があるじゃないですか?」
「そういうお客様にはちゃんと個人用の新品のソースをお出ししております。でも、やっぱり途中から共用のソースにしてくれ、とおっしゃるお客様も多いのです。そして、一度共用ソースを使うと、絶対にこっちで食べたほうが美味しい!とおっしゃっていただけてます。」
「すごいなー。僕、常連になりますよ。SNSにも載せていいんですか?」
まだたいして飲んでもいないのに、なぜかのぼせた気分を感じながら、タジマは聞いてみた。だが、チグサが少し困ったような顔になった。かぶせるように、はーっと、セガワがわざとらしいため息をつく。
「兄ちゃん、この店な、あと二週間ほどで閉めてしまうんや。だからそれはやめといたほうがええかもな」
「そんな!嘘でしょ!こんなに美味しいのに」
驚くタジマに、チグサは下がった眉毛のまま、笑顔を浮かべた。その顔も
タジマには魅力的に映った。
「ありがとうございます。社長の目的が達成に近づいておりますので」
下がった眉が、一瞬だけ、ぴくっと上がったが、チグサは続ける。
「店の売り上げが振るわなかったとか、そういう事ではないのです。もしかしたら、また違う街で、皆さまにお目にかかれる日が来るかもしれません」
チグサの表情が、さわやかな笑顔に戻った。
「忘れておりました。今日は月曜日ですので十九時まで、ドリンク半額セールを実施しています。お代わり、何になさいますか?」
「コラ!ちーちゃん、忘れてたらあかんがな!よし、兄ちゃん、ワシももうちょい付き合って飲むわ。あと一杯だけチューハイ追加!」
タジマも、ビールと串カツをいくつか注文した。たまにチグサも加わって、思いのほか会話が弾む。その後、「あと一杯だけ」を四回繰り返したセガワと、後から来店した、若い女性客や他の客なども交えて、閉店の十時まで、予期せぬ宴会になった。
Ⅲ
「商品の見本は確認したか?」
「ええ。記憶喚起外装装置の作動状態も確認しました」
「ちーちゃん、君の目から見てどう思う?」
「その名で呼ばれるのは私の求めるところではありません。サチーグ、の音の方が私は好きです」
「失礼した。この惑星の人間に倣って冗談を言ってみたつもりだ。で、アレはどう思うかね」
「あくまで私見ですが、記憶喚起外装は、もう少しわかりやすいモノにしても良いかと思われます。店名はもちろんですが、例えば、この店舗の内装を思い起こさせる意匠を採用しても良いかと。購買意欲への訴求にもつながります。」
「報告しておこう。ところで、今日の三時頃に店に来た男性に、社長の目的が達成に近づいている、と君は告げたな。うかつだとは思わなかったかね」
「その発言は確かに軽率でした。ですが、セガワ老人も過分なほどの酒量を摂取していましたし、あの男性客も閉店時にはすでに酩酊していました。仮に覚えていたとしても、あやふやな記憶になるかと思われます」
「ふむ。確かにあの程度の短い発言では杞憂とも言えるか……。しかし、私たちも言い訳や冗談を口にするようになったとはな。二年がそれほど長いとは思えないのだが」
「良いことでしょうか?悪いことなのでしょうか?」
「良いことではない。人類が口にする調味料を、私たちで調整して管理下に置き、味覚や嗅覚などの感覚器を統制し、人類の感覚を支配する。それが占領戦略の礎(いしずえ)だ。彼らとの接触の機会が増える以上、我々本来の感情制御能力を冒されては、計画に悪影響は必ず生じる」
「二度漬け」
「うん?」
「串カツを用いた計画では、禁忌を冒す感情を刺激することで一定の成果をあげました。この計画を遂行していく上で、人類との距離を詰めたことによって、私たち自身の感情に、制御しがたい新たな衝動が芽生えていくのは、必須ではないかと?彼らが、串カツの二度漬けに憧れる衝動のような」
「興味深い意見だな。報告書を提出することを許可しよう」
「承知しました」
「では次に、まだ出店を行ってない、関東方面への事前調査だが……」
深夜。無人の串カツ店の店内に、二種類の声だけが響いていた。
Ⅳ
数か月後。スーパーマーケットの調味料が並んでいるコーナーで、アズミが、あれ?うそやんうそやんうそやん?と高い声をあげた。買い出しの商品がつまったカートを押していたタジマは、カートを急に止めて、他の客にぶつかりそうになる。
「おい。どうしたんだよ?変な声出すなよ?」
「ちゃうってちゃうって!シュウくん、これ見てーや!ほらこのソース!」
「ん?なんだよ……ソースだろ?『トンぷー亭幻の味・Wジャブジャブソース』トンぷー亭?……あー!これって、もしかしてあそこの!」
「そうやん!うわ、トンぷー亭!何これ!アタシめっちゃ思い出したわー!シュウ君もアタシも、店の名前がどうしても思い出されへんかったのに!」
「すごいな!うわー!サブイボ(鳥肌)たってるわー」
「もう、シュウ君、またヘンな大阪弁なってる。無理せんでええねんって」
完璧な大阪弁アクセントのつもりだったのに。タジマは少しだけムッとしたが、それはすぐに驚きの気持ちにとって代わった。
過去に二度だけ行けた、あの串カツ屋の屋号や店構えが、タジマの胸中によみがえってくる。一度目は一人で。二度目は最終営業日に、アズミと二人で約束して行った。素晴らしい、禁断の味のソースを使う串カツ屋。しかしなぜか二人とも、屋号がどうしても思い出せなかったのだ。
「せやせや。このパッケージのガラな。あの店の内装に似てるわ!な、これ絶対買おう?禁断のあの味やん!」
「うん。もちろんな。買う買う。そうだ、あの時、アズミが店に来る前にさ、俺、少し喋ったんだ。店員のなんとかさんっていたじゃん?名前思い出せないんだけど」
「あー。もやっとするなー。たしか、『ち』なんとかじゃなかった?」
「じゃ、仮にちーちゃんな。ちーちゃんが言ってたんだ。何で閉店するのか?って聞いたら、『社長の目的が達成』とかなんとか。それって、もしかしたらコレのことだったのかも」
「おー。なるほどね。串カツ屋さんやめて、串カツ用のソースを極めた、てことなんかな。でも……ちーちゃんってなに。なんか妙に親しみこもってない?」
「いや、ちゃんと名前は覚えてないんねんけどやで」
「またへんな大阪弁!あのコかわいかったもんな。それはアタシも覚えてるねん。あーあ」
ソースをカートのカゴに放り込み、アズミが肩をすくめて先に歩き出す。
なにか、スイーツでも買ってごまかすかな。藪蛇をつついた気まずさを感じて、タジマはため息をついた。
そうそう。ちーちゃん。たしか、ほんとはチグサさん。そうだ。名前まで思い出せたのは、アズミには黙っておこう。ソースにまた会えたのは嬉しいけど。あの人にもまた、どこかで会えないのかな。心を、思い出で満たされたソース缶に漬けてみる。じゃぶじゃぶ。二度漬けは、やはり禁断で甘美な味だ。
<終>