『異なり記念日』齋藤陽道
なんて濃密な世界に生きているのだろう、この夫婦は。
耳が聞こえないろう夫婦の陽道さん(写真家)とまなみさん(お店屋さん)。そこに耳が聞こえる「健聴」の樹(いつき)さんが生まれる。
赤ちゃんが泣いているのが聞こえない。おっぱいはもちろん、もし赤ちゃんがベッドから落ちて泣き叫んでも夫婦は寝たまま気づかない。何が何でも死なせないことを目的に、いつなんどきも樹さんから目を離さない二人。
その他も耳が聞こえないから大変なこと、耳が聞こえない人の中にも色々違いがあることなどをこの本を通じて知るわけだけど、そんなことよりも胸にぐっと来るのは圧倒的に美しく深い陽道さんの描写。まなみさんが「い」「つ」「き」の指文字をつくりながら、鳥などに見立てて樹さんに見せるさま。陽道さんは、そのハンドサインからどんな鳥なのか、どんな情景なのか思いを馳せる。それは夫婦の人柄と繫がり、そして樹さんへの愛情が溢れ出ていて、宝物のようにキラキラしていた。
音がない世界では、注意力を研ぎ澄ませないと命取りになる。その研ぎ澄まされた感覚で眺めた世界は、美しさの解像度もとても高い。そんな世界を夫婦で共有し、深くわかり合う、わかり合おうとしている。この家族は圧倒的な情報量と愛情に満ちている。
79『異なり記念日』齋藤陽道