完成、『なないろの記』
2023年4月、私が暮らしている長野ではいつもより早く桜が咲きました。一気に咲き誇る淡いピンク色に心が踊るのは、この時をじっと待つ時間があるからだと思います。
時同じくして私の元に一冊の本が届きました。この本も、桜と同じようにずっと心待ちにしていたものです。
『なないろの記』
作家・石川真理子先生が主催された「本気の文章講座」の受講生が、それぞれの想いを綴った作品集です。開講から一年という時間をかけようやく完成しました。
書き手は7名。私たちは別々に執筆を進めていたのでお互いがどんなことを書いていたのかを全く知りませんでした。けれど出来上がった本をめくってみると、見事なまでに1本軸の通った作品になっていたのです。その驚きと感動は未だ言葉にしきれません。まるで示し合わせたかのように揃った共通のテーマは「生きること」だと私は感じました。
石川先生が編集をしてくださった7つの物語は358ページという大作になりました。この一編に自分がいることをとてもうれしく思います。
本という形となった私たちの想いはこの身を離れ、誰の元に届くのでしょうか。想像すると胸が弾みます。
一年間という時間を思い返すと「以前の自分とはまるで違う」そうはっきりと言うことができます。それほどに濃密な体験でした。本が完成した今だからこそわかったことも多くあります。そんな自分を振り返り、今感じていることを記しておこうと思います。
受講の動機、ときめきの種
「この講座では『本を作る』ところまでをやります」
石川先生が「本気の文章講座」を告知されたとき、私が一番惹かれたのはこの言葉でした。
自分が書いた文章が「本」として形になる。それができたとき、私の世界にはどんな景色が広がるのだろう。その景色が見たい。これが受講の最大の動機でした。
さらに先生は「単なる『文集』には絶対にしない、『本』という作品にする」と強く仰っていました。「文集」と「本」の違い。この時の私には、その違いがはっきりとわかってはいませんでした。ですが先生の熱意に触れ「これは何かすごいものができるに違いない」と心がときめいたのです。
「この船に乗りたい」という思いが湧上がりました。先生はとても熱く語られていましたが、その姿はまるで少女のように可愛らしく、とにかく楽しそうだったのです。凄みや圧のある熱ではなく「夢中」という言葉そのもの。私の中には「やりたい、でもできるかな?」という不安もありましたが、嬉々とする少女に「一緒に遊ぼう♪」と手を引かれ、気付いたら船に乗っていた、そんな感覚もありました。
書きたいのか、書きたくないのか
自分が書いたものが本になったらいいな。
この気持ちは漠然とでありながら、いつも心の片隅にあったように思います。けれど「出版したいです!」という強い気持ちがあるわけではなく、私は「書きたいのか、書きたくないのか」自分でよく分からずにいました。けれど、今ならわかります。私の本作りに対する憧れは「自分が生きた証を文章として形に残すことをしてみたい」ということだったのです。
私は本を読むことが好きですが、著者にお会いしたことはほとんどありません。何なら既にこの世から去っている著者の方が多い。古典になれば1000年以上も前の人もいる。『万葉集』などに至っては誰が詠んだのか、名前も分からない人だっています。けれどその人たちは確かに生きていた時があり、私はその人たちの想いや、考え方や、体験に触れることができる。そこから多くを学ぶことができる。それができるのは、形のない想いが書き記され「本」として今に残っているからです。これは、とてつもなくすごいことだと私は思うのです。
では、この人たちは自分の書いたものが、こんなにも長く、後の人たちに影響を与えることを意図していたのでしょうか。とてもそうは思えません。多くの古き良き本は、「自分の書きたいことを書いた」だけなのではないでしょうか。それが偶然にも今を生きる私に響いているだけなのです。1000年もの未来にいる私がどう受け取るのか、亡くなった人にコントロールはできません。自然の流れに任せるほかないのです。
私は「あるがままに存在する本」が好きなのです。だから私も同じように、自分の想いや考えを書き記してみたかった。それがどう受け取られるかは意図したくなかったのです。
「書きたいのか、書きたくないのか」よく分からなかったのは、これまでS N Sなどを通して書いてきた文章が、「こう受け取ってもらえるように」と意図するものが多かったからです。そこに潜むコントロールは私自身を縛り、書くことを苦しくしました。ですが講座を通して「好きなように書く」ということに取り組むうちに私はだんだんと自分を解放することができたようです。なぜなら、今は「書きたい」とはっきり言えるからです。
本書では誰に向けてでもなく、自分の好きなことを書きました。その上で、読んでくださった誰かが「ああ、なんかわかるなぁ」と一人でないことを感じてくれたらいい。「なんだか元気がでたかも」と前を向くことができたらいい。たったひとりでもそういう人がいてくれたらうれしいな、と思っています。
自分との対話、訪れた変化
本書では「八重山民謡」を軸に私の人生観を書きました。「八重山民謡」は沖縄県の八重山地方に伝わる民謡で、私が大切に取り組んでいるもののひとつです。どこかで語っておきたいと常々思っていましたが、S N Sではそれができませんでした。先にも述べたように、自分が書きたいことより、読む人にとって必要なことを優先していたためです。「八重山民謡」を知らない人たちに向かってどう書いていいのか分からないし、書く必要はない。そんなふうに思っていました。けれど本当のところは、自分の深い本音の部分を表現することに怖れがあったからなのだと今は思います。
現に講座の受講を決めたときに石川先生へ送ったメールを見返すと「自分に嘘をつかず正直に表現をする、というのは人の顔色を伺った文章を綴るよりも、難しいかもしれません。自分と向き合うことの厳しさもあるだろうと、覚悟もしました。」そう書いていました。
今回は「つぃんだら節」という民謡について、私なりの解釈を書きました。「マーペー」という女性の悲恋を題材にした、八重山では有名な民謡です。書き始めた頃はやはりどこか遠慮をしていたように思います。多くの方が八重山民謡の研究をされている中で、島の人でもない、唄者としても半人前の私が語って良いのだろうかという思いがありました。
誰のためでもなく、私が書きたいなら書いてみよう。そう決めたにもかかわらずやはり筆は進みません。「ここまででいいかな」「このくらいにしておこう」この後に及んできれいにまとめてしまおうとする、そんな自分に嫌というほど会いました。
なかなか言葉を紡げない私に、先生は「何があっても私が受け止めます。だからまずは思いっきり書いてください」と何度も声をかけてくださいました。この言葉にどれだけ救われたかわかりません。
自分の中に確かにある想いを、どうにか言葉にしていく。少しずつでも書き進めていくうちに、これは私が感じた正直な想いであり、それを表現するのに誰かの目を気にしたり遠慮をしたりする必要はない、そう思えるようになりました。私の解釈があっているのか間違っているのかは重要ではないのです。なぜなら10人いたら10人の中にそれぞれの「マーペー」がいるはずだから。私は私が感じた「マーペー」を表現したらいい、シンプルにそう思えたことは大きな変化でした。
夏の終わりに始めた執筆は、進んでは止まりを繰り返しながら気づけば年をまたいでいました。本が完成した今も、「私は本気を出せたのだろうか」と問いたくなります。けれど、自分を表現することに躊躇していた私が、自分と向き合い書き上げたことは間違いありません。それを思うとやはり今回に関しては「今の私の精一杯だった」と胸を張って言いたいと思います。
「マーペー」を通して見つけた、私が大切にしたい想いを書きました。ぜひ本書を手に取りお読みいただけたらうれしいです。
私が見た景色
自分が書いた文章を本にする。この体験を一言で表すなら「楽しかった」これに尽きます。
言葉が浮かばず悩んだ時も、出てきた言葉に感情を揺さぶられた時も、全てが楽しかったと思えるのです。確かに苦しく思う時もありましたが、様々な感情と共に全力で紡いだ言葉が「本」という形あるものになった今、その時間の全てが愛しくてなりません。そしてまた書きたい、と思っている。スラスラと書けるようになった!優美な表現ができるようになった!と言うことではありません。けれど、書くための技法よりももっと大切なもの受け取りました。だから、これからもきっと泥臭く、頭を悩ませながら時間をかけて書いていくのだと思います。大変なのがわかっていながらまた書きたいと思うのは、文章で表現することが好きだからなのです。
書くことが好きな私に会えた。
それが、この講座を終えて私が見た景色です。
本が完成し、一区切りがつきました。けれど「書く」と言う旅はまだまだ続きます。
私が感じることを、素直に書き続けよう。
これが今の私の心にある想い。静かに、そして果てしない海のようにどこまでも広がる想いです。
その先にはまた新しい出会い、新しい景色が待っているのでしょう。それを思うと楽しみで仕方ありません。
【『なないろの記』のお求めは・・・】
本を大切に扱いたい、必要な方に大切にお届けしたい。
そんな思いから、『なないろの記』は在庫を持たず、ご注文いただいた分だけ、印刷・製本することになりました。
7名の書き手の想いはもちろん、扉絵をご提供いただいた太宰宏恵さんの日本画や、責任編集者である石川真理子先生による始まりの「宣言」など、他にも多くの方のお力を借り細部までこだわり抜いて作られた本です。
おぜひ手に取っていただけたらうれしいです。
以下のフォームより承っております。
ご希望の方は下記よりご注文ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。