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母の寂しさ

いったいなんなんだろう。

同居している母の口調が、ここ最近とてもイライラしている。

というか、偉そうなのだ。


母は先日70歳の古希を迎えた。そしてすこぶる元気だ。

一昨年 私の父である夫を、約10か月の闘病を支えたのちに見送り、いわゆる未亡人となった。とはいえ、仕事も、不定期ではあるもののいくつか町のボランティアを含めて抱え、このコロナ禍に大学時代に熱心に打ち込んでいた趣味を復活させるなど、とにかく忙しくしている。

時々かかってくる知り合いや古い友人からの電話 ーそのいくつかは「元気?」だの「最近何してる?」といった近況伺いの類だが ーに対しては「元気よ!」から始まり、相手の話を少し聞いた後は自分の活動などをまぁまぁ細かく報告している。相手の声が受話器からもれるので、大体の内容が把握できてしまうのだが、中には明らかに時間を持て余している主婦友達に向けて「まったく時間が足りないの!ほんとに、家にじっとしているなんて最近ほとんどしていないのよ。」と、少し相手が卑屈になってしまうのではないかと心配になるくらい、自分の日々の充実さを自慢をしている。

そんな母。私の気のせいかもしれないが、父が亡くなってから、彼女の言動から「たが」が外れた気がするのだ。大抵の場合、それは私にとっても歓迎すべきことで、特に母ぐらいの年齢の女性が元気で好きなことをしているというのは人生の先輩としてこの上ない喜びなのだけど、最近の母は、なんというか、少しわがままなところがあるのだ。ちょっとしたことにイラつくというか、カチンときてはそれをあからさまに表情に出す。父がいたころはそこまで気になることはなかった。うん、たぶん。

先日、家族で食卓を囲んでいた時、中3の息子が失礼な物言いをした。相手はTVの出演者だったけれど、それにしても下品な言葉を吐き捨てたので、私と母が叱った。まぁよくあることだが、叱られた後も息子はわかったようなわかってないような、いやわかっているのにそれを認めないような挑発的な仕草をした。内心『もう放っておこう。』と思い、私は自分の顔の前で手を振り払うような、「もういいよ、こいつは放っておこう」という意味で母に対して合図をし「いいよいいよ。」と半ばあきれた雰囲気で伝えた。すると次の瞬間、「あーそうですか!私は部屋に引っ込めっていうのね!」とすごい剣幕で言い放った。私も息子もびっくりし、「どうしたの?」と私が言うと「私はお邪魔なんでしょ。」と。。私が母を怒らせてしまったのは事実だが、明らかに母の勘違いだった。もはやそれを訂正する暇もなく、その場はそれでおしまいとなってしまったのだった。

また別な日、これまた孫が原因。孫は、いや私の子はとにかく好き嫌いが多く夕飯の献立に何かと頭を悩ますのだが、母はもはや口癖のように「どうせ作っても食べないし」とか「せっかく作っても子どもがたべないんじゃねぇ。。」と一言加える。まったくもって事実なのだが、この問題は私と母の共通の悩みで、成長と共に少しづつ野菜を口にしてくれるようになってくるでしょう、と一応の落としどころをつけている。が、ほぼ毎日ぼやくので私もちょっと嫌気がさしてしまうのだ。とはいえ母の気持ちは痛いほどわかる。そしてそんな時私は「無言」を通すことにしている。同意すると自分の中の違和感が強いし反発すると母の返しが面倒だから。。そんな私のふとした瞬間の無言が気になったのか、食事の準備をしているある日突然母が不機嫌になってしまった。

「あぁ、もういいや。放っておこう。」と私の心の声がつぶやく。

どうしたものか。好き嫌いが激しい子供にまず原因がある、がしかし、母にも原因がある、そしてフォローしきれない私にも。。そもそも私は怒ったりしつこく何かをとがめることが苦手だ。苦手というか、そのエネルギーを持ち合わせていない。そりゃ少しは怒ったり、たまにはぶち切れることもあるけれど、そのあと決まって片頭痛に襲われる始末。苦笑 それほどまでに、怒りのエネルギーに対して耐性がないのだ。母は、そんな私にもイライラを募らせているのかもしれない。

怒りとは?

父が亡くなってから母が怒りっぽくなったことに疑問を持った。「それって『寂しさ』なんじゃないかな。。」自分に尋ねるように脳内をこんな言葉が廻った。

そうだ、母は寂しいのだ。

満たされない寂しさは、イライラにつながり、そして怒りにもなり得る。母はよく、食卓で酒をちびちびやりながらだらだらとTVを見ている父とおしゃべりをしていた。なんてことない、他愛のない会話だったが、今となってみると母にとっては貴重な息抜きだったんだろうな。食事も、父は何でももりもり食べたが、娘家族は偏食(私以外)で、私の夫もやれダイエットだなんだでせっかく作ってもちょっとしか口にしなかったり、一方で間食で馬鹿みたいにせんべいを食べたり、そのちぐはぐさには日頃から不満があるようだった。

そりゃ寂しいよな。イライラするよな。

それに気づいてから、私は、母の料理をなるだけ褒めるように気遣っている。実際、母の料理は私のなんかとは比べ物にならないくらいおいしい。今までも普通においしいおいしいとは言っていたけれど、ちょっとばかり大げさに言うようにした。こんなことで少しでも母のきがまぎれるなら。寂しさが埋まるなら。


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