『21歳の葛藤』
かつて僕は友人のためだけに、一つの小説を書き上げたことがある。
21歳の時の話だ。
当時の僕はまだ長期インターンで営業を始める前で、毎日を怠惰に過ごす極一般的な経済学部生だった。
気の合う友人と煙草を吸って酒を飲み、翌朝の講義をサボってパチンコに行く日々だ。勿論そんな毎日はとても楽しかったけれど、でも時折、僕は無性に小説を書きたくなった。
自分の心の中にある感情を、限りなく情緒的に表現したい、という欲求だ。
僕は小さい頃から熱心な読書家だった。
親は本を買うことなら際限なく投資してくれた。その影響が大きい。
物語を楽しみ、そしてそこにある情緒に触れる、といった行為が自分にとって、とても心地よいことだった。
そんな「物語や情緒を楽しむ」という受動的な営みは、高校生の頃から「物語を生み出し、情緒を表現する」といった作り手側の欲求に変化していった。
21歳のある日。
僕の中でその感情が爆発した。
「とにかく書きたい。」
「切なさを表現したい。」
「自分の作品を生み出したい。」
強い創造欲求に駆られた僕は、同じ学生寮にすむ友人Sに
「お前の物語をノンフィクションで書かせてくれないか?」
と、お願いした。
Sは「全然いいよ、むしろお前が書いてくれる小説を読んでみたい」
と、快諾してくれた。
僕がよく読んでいる「村上春樹」や「新海誠」の小説では、しばしば『日常の中にある切なさ』を表現している作品が多い。
なので、僕もその『切なさ』の表現に挑戦してみようと思った。
僕はSに質問した。
「昔の経験で何か後悔してることはない?」
するとSはこう答えた。
「そうだな...過去に戻ってやり直したいと思うことが一つだけある。高校の時に付き合って、別れてしまった人に謝りたいことがあるんだ」
そこから僕はSに当時のことを細かくヒアリングした。
どういう経緯でその子と付き合い、どんな出来事があって、どうして別れてしまったのか。そして、もしもう一度会えるのなら、何を伝えたいのか。
Sは当時のことを懐かしむように、思い出を話してくれた。
ヒアリングの後、僕は1週間かけてプロットを練り上げた。
いつもは思いついたらすぐに文章を書き始めるのだが、この作品は自分の中で丁寧に扱いたいという気持ちがあった。
そしてプロットが完成すると、僕は大学の講義とバイトの合間を縫って、寝るまも惜しんで執筆活動に没頭することになる。
これまでの人生で一番、文章を紡ぐということに集中していた。
おおよその部分はSの過去のノンフィクションだったが、Sから聞いたことをそのまま書くのではなく、当時のSは何を思っていたのか、そして登場する人物の感情にまで、僕は想像力を張り巡らせていた。
執筆を始めてから、書かない日は一日たりともなかった。
調子が良い日は朝方まで書き続けたこともあった。
文章表現における生みの苦しみに悩まされながらも、僕はずっと書き続けた。
そして執筆を開始してから3か月後に、僕は作品を完成させた。
タイトルは『21歳の葛藤』
21歳になったSが、高校生の頃の後悔と向き合い、葛藤する話だ。
この作品は、僕史上最大の4万3000字を超える小説となった。
作品が完成してすぐに、僕はデータをPDFにして、SにLINEで送信した。
夜中の3時頃だったのにも関わらず、Sは起きていてすぐに既読がついた。
「ありがとう!すぐに読んで感想伝える!」
Sはそう言って、『21歳の葛藤』を読み始めた。
僕は3か月におよぶ執筆が終わり、完成させたことによる安心もあって、Sからの感想をまたずして眠ってしまった。
翌朝、僕は起きてスマホを確認したが、Sからの連絡はまだ来ていなかった。
あいつも寝てしまったのかな、と僕は思い、部屋でのんびりと過ごしていると、昼頃にチャイムが鳴って部屋にSが訪ねてきた。
部屋に入るなり、Sは興奮した様子で
「昨日読んだよ!ほんとに良い作品だった」
「ありがとう。読んでみてどうだった?」
「あの頃の思いとか情景を思い出させる文章だった。ラストシーンも最高だった。ていうか、読み終わって1人で泣いてた。笑」
「泣いたのかよ。笑」
なんて僕は軽口を叩いたが、Sからもらったその言葉がとても嬉しかった。
僕も自分でつくった作品で『切なさ』を表現し、誰かの心を動かすことができるんだ、とその時初めて自信を持てた。
「書いてくれてありがとう」
と言ってくれたSの言葉は今でも忘れられない。
あの頃から3年の月日が流れた。
大学を卒業後、僕らは別々の企業に就職し、それぞれ場所で生きている。
だけど、たまに会ったとき、24歳になった僕たちは、いまだに21歳の葛藤についてを話し合う。
誰かのために本気で書いた作品は、どれだけの月日が流れても、どんなに遠くにいても、心を繋げる糸となることを僕は知った。
でも、僕は『21歳の葛藤』を書き終えてから、1つも作品を書いていない。そこに明確な理由があるわけではないけれど、なんだか21歳の頃以上の表現ができないような気がするのだ。
いつかまた、あの『切なさ』を表現したいと僕は思う。
自分の人生で大切だと思える、誰かの心を動かせる作品が書けたなら、それはとても幸せだ。
その時が来ることを、僕は切に願っている。
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僕が執筆した『21歳の葛藤』をKADOKAWAが運営する小説投稿サイト「カクヨム」に公開しました。
以下のURLから僕のページに飛べるので、是非一度読んでみて下さい。
よろしくお願い致します。