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真夏の恐怖
これはその昔、某私鉄沿線近くに住んでいた頃の話。
毎朝会社に行くために8時39分発の電車に乗っていた。けれど、朝の混雑があるので少し早めに家を出て駅のホームのいちばん前に並ぶというのが毎日の流れだった。
ある時、毎日のように40代後半くらいの度のキツいメガネをかけた小柄でふっくらしたおばちゃんが自分の隣に立っていることに気づいた。
すでに列は2列になっているのに、その列とは関係なく自分の隣に並んでいる。同じ電車に乗るのだから自分の後ろにつけば良いはず。
さらに言うと日を重ねるごとにこちらをチラチラ見ているように感じる時があった。
「変わった人がいるものだなあ」
最初はそんな風に思って特に気にもしていなかった。
けれど、乗車した後も自分の近くの場所を無理矢理確保しているような時があったりしたので、次第にどうもおかしいと思うようになった。
そして、ある日事件は起きた。
とある夏の暑い朝。自宅から駅まで歩いて5分程で着く距離なのに駅のホームに立つ自分は汗だくだった。気温はおそらくすでに30度を越えている。
ホームに立つなり素早くバッグから扇子を取り出してバサバサ扇いでいるといつものおばちゃんが隣に来た。いつもの電車がホームに入ってきた。電車の窓に自分の姿が写る。その横で例のおばちゃんがブツブツ言いながら自分のことを団扇で全力で扇いでいた。
「ぎゃああああああ!!!」
心は叫んでいたが声は出なかった。というより出せなくなった。
毎朝ずっとおばちゃんが自分の隣に立つ理由はただ一つだった。そんなことを考えたらこれまでの行為が恐怖以外の何物でもなくなり、暑さと相まって倒れそうになった。
その日は電車に乗り込みおばちゃんが近くに来られないような場所を確保して事なきを得た。
でも、翌日からは電車に乗る時間を早めることにした。39分発から35分発へ。さらに乗る車両も変えた。
案の定、おばちゃんに会うことはなくなった。
「良かった!これでしばらくすれば、また時間を戻してまた39分発の電車に乗ろう!」
そんな事を考えていた、数日後。
いつものように35分発の電車に乗ろうと駅のホームに立っていた自分の眼にあのおばちゃんの姿が見えた。しかも誰かを探している様子だった。その姿には焦りの色が見て取れた。
「………刺される!」
何の根拠もないけれど、そう思った自分は素早く目の前に止まっていた33分発の電車に飛び乗った(ちなみにこの電車は各駅停車)。
扉が閉まるまでの数十秒間、心臓が口から出てくるんじゃないかと思うくらいにバクバク鳴っていた。もはや恐怖を越えるレベルだった。
もはや逃げ場はない。けれど、引っ越すわけにもいかないので、翌日から1週間は実家から会社まで通うことにした。
そして、その間に対策を考えた。唯一取れる対策は電車に乗る時間をさらに早めるしかない。
元々39分発の電車に乗っていた自分は27分発の準特急に乗ることにした。当然早起きしなくてはならない。しかし、あのおばちゃんから逃れる手段はそれしかなかった。
結果的にそれでおばちゃんにあることはほぼなくなった。ほぼ、というのは時々帰りの駅のホームで見かけることがあったから。でも幸いにも向こうに気づかれることはなかった。それから約1年後、ぼくはその街を離れた。
よく言う話に"人にはモテ期があって、しかもそれは数回しかやって来ない"というものがある。
モテ度がそもそも低い自分にとっての貴重な"モテ"があのおばちゃんによって消化されたとしたら…?そんな風に思うといい知れぬ焦燥感に襲われるのが実はもの凄く残念だったりする。
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