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読書日記『異形コレクション 狩りの季節』

『異形コレクション』は作家・井上雅彦監修の書き下ろしアンソロジー。
毎回テーマが決まっているのだが、52冊目となる本書は「狩りの季節」。
追うもの、追われるもの、狩るもの、狩られるもの――。
さまざまな「狩り」を堪能させていただいた。

全15作の短編小説のうち、特に好みだったものについて書いておく。

柴田勝家「天使を撃つのは」
舞台は中世ヨーロッパ、乗り合い馬車の中で。
銃を携えた猟師の男が、乗り合わせた客に身の上話をしている。
男は目と口を縫い合わされた少年を連れており、この子を猟犬代わりに使って「天使」を狩っている、と話すのだが……。
男の一人語りが軽妙で、話に引き込まれ、良い意味で上手く騙されてしまう。
少年の境遇も、男の過去も、そして最後に明かされる真実も、もの悲しく切ない。


黒木あるじ「哭いた青鬼」
山形県の過疎の山村に移住してきた、元ライターで猟師志望の男の物語。
有名な童話「泣いた赤鬼」がベースになっている。
冒頭、主人公が人間によく似た顔をした蒼い獣を目撃したり、「泣いた赤鬼」には実は元になった昔話があって、と村の古老が語ったり……というあたりは、実話怪談的な魅力が漂う。
(黒木あるじは実話怪談作家としても活躍。ファンです、私。)
移住生活の失敗、妻との不和、そりの合わない地域コーディネーターとのやりとりなど、ストーリーは不穏さを漂わせながら、一気にカタストロフィへ。
美しくも不気味な獣と、獣がかなえてくれた願い事に対し、主人公が選択した結末は悲痛だ。
人ならぬモノに、うかつに願い事をしてはいけない。


澤村伊智「えれんとわたしの最後の事件」
「狩り」というテーマに欠かせないのが、狩人、ハンター。
本作で、いわゆる「幽霊ハンター」として登場する解良戸(けらと)えれんは、かなり独特だが魅力的だ。
若い女の子なのに古びたグレーのスウェットで、常に怠そうな態度、体にはかつて両親から受けた虐待の跡が色濃く残っている。
他人と上手くコミュニケーションが取れない彼女をマネージャーとしてサポートするのが「わたし」こと「サエちゃん」、えれんが唯一心を開いているらしい相手。
そんな二人が依頼主の屋敷にやってきて、怪奇現象に対峙する。
謎めいた現象を前にしても「大丈夫だよ、サエちゃん」といつもの調子を崩さないえれんに、「わたし」は全幅の信頼を置いてはいるものの不安を抑えきれない。
そしてタイトルにある通り、物語は「最後の事件」として思いがけない結末を迎える。
短編とは思えない奥行きのある作品で、ラストでは、この「最後の事件」に至るまでの二人の関わり合いをいろいろと想像してしまった。
二人の活躍をもっと読んでみたくなった。
たとえ結末は変えられないとしても。


牧野修「ブリーフ提督とイカれた潮干狩り」
タイトルからしてイカれているし、内容も相当にぶっ飛んでいる。
魔術と科学が両方とも存在する世界(主人公は魔術医で、魔力の込められた軟膏や呪文を使うが、ブリーフ提督をはじめとするマフィアの男たちは銃を使う)で繰り広げられるハードボイルド。
『異形コレクション ダーク・ロマンス』に掲載の「馬鹿な奴から死んでいく」の続編になるが、まさかあのラストに続きがあるとは!とそれにも驚いた。
(もちろん前作を読んでいなくても楽しめます。)
主人公は借金をカタにブリーフ提督に脅され、現実と異世界のはざまに<潮干狩り>に行くことになるのだが、次から次へと危険に見舞われる。
硬質なのに常にユーモアを漂わせている文体と、世界観が大変好み。
なんだかんだで人の良い主人公と、その「相棒」もかわいらしい。
ぜひともシリーズ化してほしい作品だ。


王谷晶「昼と真夜中の約束」
ニューヨークを舞台にした、現代の吸血鬼の物語。
吸血鬼セレーナは、事情があって人の生き血を飲まなくなってから19年。
体も力も衰え、一族からは裏切り者として扱われて「用心棒」としての仕事に従事する生活。
一族の吸血鬼が次々と無残に殺される事件が起き、その犯人を追うことになり……。
吸血鬼というと古典的なイメージ(古城とか薔薇とか黒マントとか)がつい浮かんでしまう。
けれど、現代のNYの街並みと最新のファッションもまたこの上なく似合う、と気付かされた。
吸血鬼たちは人間たちを誘惑して、支配下に置く。
その傲慢で豪奢な姿も魅力的だが、通りすがりに近い人間の女性との約束を、ぼろぼろになりながら守り続けるセレーナの姿にも心を惹きつけられた。
激しい狩りの物語であると同時に、切ない恋の物語でもある。


斜線堂有紀「ドッペルイェーガー」
人間の意識を複製して、VR空間に再現できるようになった、というSF的設定。
ピアノ教師の慶樹(けいじゅ)は、自らの意識を複製して少女ケイジュを造り出し、VR空間で「狩り」の対象として容赦ない暴力を振るっていた。
慶樹は、生まれつきの嗜虐性を持っていた。
老若男女問わず、生きとし生けるものすべてが「私の獲物」。
しかし、そのような嗜虐性は「適切ではない」と理解しているため、現実世界では暴力を振るうことは一切ない。
婚約者からは「優しい」「おひとよし」とさえ思われている。
ケイジュを痛めつけ、さいなむのは誰にも秘密のひそかな愉しみだったのだが……。
人間の「本性」とは何か、ということを考えさせられる作品。
前書きで井上雅彦がこの作品で語られることによって「必ず救われる者がいる筈だ」と断言している。
そのことの意味が、読み終えて深く納得できた。


空木春宵「夜の、光の、その目見(まみ)の、」
美術ライターの「わたし」は、謎めいた絵を描く覆面画家・斯波への取材を取り付ける。
その待ち合わせのために斯波から示されたのは、夜の九時という刻限と、地図上の座標だった。
座標が示していたのは、うら寂れた場所にある陸橋。
そこへ六頭立ての馬車を思わせるキャデラックで現れた斯波。
「さあ、狩りに出かけよう」という斯波の言葉で、インタビューとともに、絵を描く「作業」が始まる……。

ネタバレになってしまうので詳しく書けないのがもどかしいが、とても凝った構成の作品。
各チャプターの冒頭には日付と時間、地図上の座標が示されている。
この仕掛け、最後になってみて、なるほど今まで二人とともにさまよってきた夜の旅は……と膝を打つことになる。
また、同じく各チャプターの冒頭にはシュメール神話の「イナンナの冥界下り」からの一節も付されている。
二人の夜の狩りが、一枚ずつ衣服を剥ぎ取られながら冥界へ下ってゆく女神の道行きにも重なってくる。
夜の描写がこの上なく魅惑的な、死と再生の物語だった。

ちなみに参考文献として示されている『シュメール神話集成』(ちくま学芸文庫)、実は手元の積読本の中にあった。
この機会に読んでみたいと思う。


以上、7作品について書いてみたが、他の収録作品もそれぞれ特色があって面白かった。
『異形コレクション』は怪奇幻想小説好きにとって、本当に楽しいアンソロジー。
次の巻が待ち遠しい。
今度のテーマは何だろうな。

(了)

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