木下長嘯子「さか衣」(原文)
山よ山。罪にはあらす。みやこちかくていきほひをへたつとしもなきこそ佗しけれ。宿よ宿。つみにはあらす。隣あしくて、萬にかしかましきこそわひしけれ。さるはよしのゝ奥のよふ子とりを、よすかにやすくもよほさるへく、青根かみねの苔の莛もたのもしう、岩ねのとことはに、かたしかむあらしもこゝろきよくおかしけれと、ほたしおほかる身には、あらましのほいたかひて、のそみとけぬそくちおしきや。いくその春秋をむかへて、かゝる谷の戸にはすみそめけむかし。門はさし入(る)より、道もなきまてしけりあへる、蓬か杣のきり/\す、過ゆく秋をかゝみ、池の水草は庭もひとつにのらとあれわたり、たれにならへるまつむしの音、すこう、ふりたてゝなくすゝむしのこゑ、いかになりゆく身のはてならんと、なみたつゆけきゆふへなりけり。木たかき松たちなれしかたもあはれに、しのはれんものとはなしになとすゝるもたゝならす。ふとさのほと、本はいたきあまれるはかり、末は雲に入る。おもふことなからむにてたに、たへしのふへくもあらす。さすかに事とふ人もあれと、鶴の毛衣とよひそほれあへる主の許より、みつをたゝう紙の端にすこしかいつけて、これらつくらしめよとせうそこす。しろきそかちにやせたりと笑へし。ふたつは例のものわすれいつちいにけん。老はこれまてうきものになむ。からうして、ひとつは山家のふるきおもひといへる題に
またいそくつま木の道のさかころもきみかためにはいつまてかきし
東方未タ明ケサルニ衣裳ヲ顚倒(てんとう)ス。詩とかいひためる文にや、さや有(り)けん。さのみしらぬことまねふもかたはらいたし。またふるきうた、さかさまにきしや衣のとしもへぬ、つかふるみちにいそくならひは、なと、これかれ、裳のすそより落たることなれと、唯今のをのかさまにかよひて、むかしは忠のため、さかさまにきし衣、いつしか妻木のみちのいとなみにかはり、買臣かあとにくるしみこうしにたれと、鄭公か乞しかせのたすけもなし。冬の夜一夜すきにしかたのことゝもかきくつしおもひいつめれは、ほろ/\とたゝいてきにいてくるなみたの、やかて袖の氷とむすほふれ、あらはなる寝やのいたまよりもりくる月の、まくらに落(ち)たるかけいとものすさましう、うちもまとろまれす、まろひかへし/\、かけまくもかしこからすやはあらぬ。故関白おほきおと、、わかくは信長公につかうまつり給へりし比、明智のなにかしとやらんいひけんおこのもの、おほけなきこゝろつきて、はかりうしなひたてまつりつ。此殿ものしくきこしめす。いてやさつ、なてう事かあらん、頭きりてんものをといかりをなし、そこらのつはものを、雲のかすみのことたなひかせ、いととくのほりおはすといふほとこそあれ、みやこの軍とみにやふれてかれをほろほし、我(か)君のあたをむくひ、あまりのたくひかしここゝに追ひうち給へり。ほいとけて、紫野におはして、かの御はうふりのこと、さま/\さたし行ひも
のし給ふ。其日になりぬれは、天下に名あるかきりは、各御ともにつかうまつる。御はかしみつからもたまへり。いたうしほとけの御袖、みたてまつる人さへなみたくまし。鳥のやうに、はる/\とあゆみつゝきたる、儀式、しめやかに、こなきかつゆのうたうたふ、いとものかなし。事はてゝ、後の御わさこまやかにいとなみ、たうときことゝもしつくさせおはします。さて御寺いかめしうつくりみかき、御封あまたよせらる。そうけんゐんといふめり。御そうに、たちつき給はんうつはものにたへたるひと、おはしまさぬことを、こよなうなけきおほす。馬車さなからこの御門につとひ、道もさりあへぬ気色おもひやるへし。かゝれはをのつから世をしろしめす。漠の高祖、みさかの劎をたふさにせし匂ひになつらへつへし。大風おこりてなひかぬ草木もなく、東はえそか千嶋もたゆます、夜昼みつきものをはこひ、せたの長はし、駒もとゝろとふみならすをとたえさるへし。あふ坂の関なかく戸さしを忘る。西は隼人の隆摩かた、沖の小嶋、有岐の国、対馬の海も、波の声おさまり、こま、たら、しらきの王、気長足姫のむかしにかへり、我(か)国にきたりまうて、ぬかつきかしこまるいとやんことなし。もろこしの御門きこしめしすくさす、事/\しき名つきたる将軍、御使にはるけき浪路をわけつゝきたりまとふ。さはおほろけの所はふひんならんかしとの給ふて、中納言と聞ゆる御婿の館に、そのまうけしつ。おはします所は、仁徳のむかしの御あとに、つくりみかき給へる、玉の台は四方にてりかゝへて、むかふ面もまはゆきほとなり。よき日してめしあれはまいりぬ。みちすからたち楽めてたう、ふきたてたるさま/\のものゝ音いへはさらなりや。からめいたるよそひともめつらかに、こよなきもの見ならし。かゝの大納言利家、備前の中納言秀家侍ふ。宰相中将侍従なと、すへてあまたおほかれとみなもらしつ。おとゝは、こと更にきら/\しうかまへいてたるおましに、てうをかさね、えもいはぬ、錦のはしさしたる御しとねまいりて、あをやかなる簾たかうまかせ御らんすへし。こと国のもの対面たまはらせ給(ふ)事は、不比等の御例とそきこえし。たち居はいしたてまつるさま興あり。御前の事しつまりて座につく。たてまつれるもの、左右にかきすふれは、山もさらにうこきいてたらんことし。夜ひかる玉の千箱、あやにしきは常なれと、これは色しな、なまめかしうあさやかに目もをよはす。鴻臚のものすゝみよりて、こなたかなたおほせ事つたふ。我(か)王けふより、なかくせうとの国のむつひをなし、したしまんとねかふまこゝろをあらはす事、しかなりといへり。なにくれといひつゝけんもことはたるまし。いさやかうやうの事は、いにしへの代々にもありやなしやと、先難波のみやことりにとひてんかし。たかきやは、半雲にそひえ、玉の甃めなうの梯、ふむ足もそらおそろしう、琉璃の瓦中/\あさまし。夜のほれは手をのへて、星をつむかとあやまたれ、ひるはめちとをく、千里もふるき煙をのそみ、民のかまとにきはふへかむなる事をおもほすへし。御母ひとりをはす。大政所ときこゆ。うや/\しうたうとみ、けうの御こゝろいたらぬくまなし。あまたさふらひ給へる御かた/\夜ふかく目をさまして、とりのそら音におほめき、月のひかり、虫のとふにそゝのかしたまふもさることにや。北の政所とかしつきたてまつるは、糟糠の御妻そかし。堂ょりくたし給はぬもあはれにかたしけなし。ねちけたる御こゝろ露おはせさりき。まつり事をすゝめ、こめきおほやけしく、萬の人をめくみ、のとかにすくし給(ひ)けれは、きしらふ人/\も、をのつからなたらかに、御なからひあらまほし。文王の大姒もかはかりにや。されは君子のよきたくひなるへし。栄花物語に、一条院の御代の事、各中宮女御更衣なとの御ありさまより、なにくれの御調度まて、いみしう有(り)かたきやうに、こと/\しくかきなし、御堂殿の法性寺を、ためしなくいひたれと、それはことのかすにもあらす。いまの世のめてたきを、衛門のかうにみせたらましかは、いと/\はちて、けにおもても赤染ならんとほゝゑまる。やまとうたこのませたまふおとゝにて、春秋の色にふかうおもひしみ、おりにつけたる御ロすさみ、こゝら世にとまりけん。まことに月花もおもておこすへき時なれや。ひとしくめくりすませ給へる、くれ竹のふしみの御所、花のみやこの殿は、聚楽世ゆつりてひゝきのゝしる。かしこにいますほとなるへし我こかねをして、北斗をさゝふるとしひさしふようにをろかなるかなとの給ひて、御蔵あけさせ、くはり給はすへき日をさしてきこゆれは、とをき国/\よりもまいりつとひ、此御宝をうけとりさはく。大和にも唐にも、さることはありなんや。かみなかしも、千とせをよはふ声たえす。ほと/\よろこふことかきりなし。いまはむかし、なこりなかりける夢なりけりや。そもこの比の世を、人のことくさに、田成子とやらんほひろかならねと耳ことするは、なそいともこゝろえぬわさなむめりかし
たちかへる道こそなけれ思ひいつることはおほえのきしかたの世に
おもひあまれる、しのふくさのつゆはかり、千々にひとつをたにえかきとゝめぬ、老くちは、なにのいけるかひとそ
長 嘯
ある人のいはく、此記は、豊臣秀吉公の御事なるへしとなむ
底本:『近世文藝資料12 長嘯子全集 第二巻 和文集』
現代語訳は後日作成します。