菌糸瓶「無交換一本還し」の可能性
引き続き、家の整理をしていましたら、4 Literのガラス瓶も3個出てきました。それで、これの使い道を考えておりましたらば、ふと、思ったんです。容量が4 Literも有れば、孵化から羽化まで、無交換放置で飼育がカバーできるんじゃないか? と。
今、「いやいや、それは無理っしょ」と思った方、「あんた、素人か? 菌糸は1年保たないよ、劣化しちゃうから」ということが言いたいのだと思います。がしかし、わたしのオリジナルの菌糸瓶、実は1年超過保持の実績なのです。これは、未使用のものでも、USED(1度幼虫に使用したリサイクル品)でも同様。しかも、常温飼育での保存環境で、です。
これはですね、種菌の活性に大きく依存してまして、つまりは、そのような良質の種菌との出会い次第なところがあります。市販の菌床・菌糸瓶では、同じ腐朽菌種であっても製造工場で植菌に使用している種菌の品種(株)が違えば、まったく特性が異なるからです。もう、これは種菌屋さんから種菌を仕入れて、一株、一株、培養試験をしてみないとわからないんです。実際、わたし自身、かなりの失敗経験を経ての今があるんですよ、実は。これまで沢山の種菌が無駄になり、その資金も生ゴミと一緒に失せましたとも。
それと、培地です。通常使用されている定番広葉樹オガであるところのブナ、またはクヌギ、或いはエノキなどではなく、他者の使用実績など聞いたこともないアスペンを独自選別採用。しかも、特大チップ。この培地とウスヒラタケとの絶妙な相性によって、腐朽速度と深度、安定的な保持力が実現されたのであります! ……大袈裟な(笑)。
あとは、独自の滅菌方法です。通常、キノコ菌床、菌糸瓶製造工場では、オートクレープ処理した培地に種菌を植菌しますが、そんな設備のない極一般的な家屋であるところの個人宅の我が家でどうやって培地を滅菌処理し、害菌のコンタミを阻止しつつ植菌、培養を可能とするか、ここがオリジナル菌床・菌糸瓶製作の第一関門となるわけですが、これを独自の手法でクリアーすることに成功したんですね。正直、この手法を知り得たのと同時にテクニックをマスターできたことが一番大きかったかも知れません。何故なら、この培地の滅菌処理という最初の一手が最も高失敗確率、高難度の行程であり、菌糸培養での最高のハードルだからです。飼育者個人が自力でマットを製作する人は居ても菌床を自作する人が少ないのは、この一番最初の行程の困難さ、不確実性故のことと思われます。そして、その独自の滅菌手法により、腐朽菌の培養の進捗状態もオートクレープ処理培地とは異なることが解りました。蔓延の進行が速やか、且つ、均一化し、環境温度の変化にシビアでなくなる。このメリットも培地の保持力に生きているように思います。
そのようなことで、オリジナル菌糸瓶の品質の高さに自信がついてきたんですよね、最近。で、冒頭の思いつきで、新たな試みとしてオリジナル4 Literアスペン菌糸瓶を使用しての、初令幼虫から成虫羽化までの「無交換一本還し」にチャレンジしてはどうか、となったわけです。♂で4 Liter、♀なら3 Liter瓶で、余裕で羽化まで持っていける筈だと考えています。丁度、種菌の余剰も在る。よっしゃ、思いついたら即実行。今季、試してみたいので、早速、仕込みました。
瓶の蓋に空気孔が無いことに気付かれたあなた、鋭いです。はい、空けておりません。でも、腐朽菌は培養可能です。何故か? 知りたい人はコメントからどうぞ。もう、酸欠ヒステリー・ネタはしつこくなるので逐一説明はやめておきます。これもまた、約一週間後の菌の活性状態で良否判定となります。
種菌は、あの謎菌入り培養種菌をバラして使用しました。勿論、謎菌の死骸残渣もそのまま入れてあります。なので、その経過も楽しみの一つ。
種菌の発菌累代世代的には4次発菌くらいになるかも知れません。それでも尚、活性があるということです。このような活性の強い菌株との出会いというか、菌株を探し、選別することが飼育材としてのハンドリングのし易さ、延いては幼虫の発育への影響に表れるのではないかと考えられ、肝要になってくると思います。
菌床・菌糸瓶の使用開始最適時期の解とは?
あとは、熟成具合の問題。
果たして、菌床・菌糸瓶の使用時期の最適解なるものはあるのか? あるのであれば、その判定基準は? ということがあります。この問題、業者もブリーダー諸氏も、大変主観的、且つ、これも抽象的な形容でモヤモヤとボカして表現されていますよね。なんとも解せない生臭坊主の念仏の数々なのです。
一番よく言われるのが、「瓶の内側が白い菌体膜で覆われたら完熟」というやつ。これ、どう思われますか? わたしの判断はNO。腐朽菌は、自分の領土(培地)を確保することをトップ・プライオリティとする性質があります。そのため、文字通り先ず、外堀を埋める。なので、開口部である上部、そして、容器との境界である内側の全面にあの白い菌体膜を張り巡らせるわけです。それが完遂してから、自陣内に菌をゆっくりと蔓延らせる。これは、菌床ブロックでも同様であることは、自分で菌床ブロックを崩して瓶詰めされたことのある方なら具にご覧になって理解されていることと思います。なので、本来の菌の蔓延は白い菌体膜が張られた後に培地の内部中心へと進んでいくわけです。従って、「瓶の内側が白い菌体膜で覆われたら完熟」という説は、誤った理解によるいい加減な解説だとわたしは思います。
他方、菌床屋さん的に言うなら、「子実体が発生する直前」が菌床培地としての完熟の頃合いということになるかと思います。何故なら、菌は培地に蔓延し、添加栄養素である窒素分と培地の炭素を分解吸収。そして、子実体を発芽させるためにせっせと栄養を蓄えるからで、その栄養素が子実体の原基付近に集約される(……と、される)。従って、この時期を以って完熟と見るのが最も適切なようにわたしは思います。これを、もしも幼虫側から見たとき、仮に一例として、その腐朽菌サンプルをヒラタケとしますと、その自然環境下での子実体発生時期を秋口とすれば、ちょうど3令幼虫の活動の活発な晩夏頃がそれに重なりますよね。この一致からもその頃合いが栄養価が最も培地に高まっている時期――完熟期――と考えて良いのではないかとわたしは思います。無論、人工菌床の場合は管理環境温度により熟成期間及び時期に振り幅が生じることは必定ですが。そして、この培地の分解サイクルは培地に含まれる栄養素の分量と組成によって複数回発生するということも重要です。
もう一つ、これは見た目の判断基準としてですが、白色腐朽菌は木質のリグニンを強力に分解します。地球上で難分解高分子体であるリグのセルロースの結合体の内の一つ——リグニン——を分解できる生物はこの白色腐朽菌を含めて極数種と言われています。それで、「白色腐朽菌」と言う名称がついているのですが、つまり、腐朽深度が深まるほどにオガやチップの元の木肌色が明らかに白く変色してくるんですね。この見極めでも熟成具合は判るかと思います。がしかし、市販のクワガタ飼育用菌糸瓶の場合、窒素源が多めに添加されていることが殆どなんですよね。その場合、腐朽菌は本来の餌であるところの炭素——木質(オガ)——は後回しにして、分解がより容易な添加物である窒素の方を先に吸収してしまうんです。菌が劣化しても、いつまで経ってもオガの色が濃いままの菌糸瓶が在るのはそのためです。また、外側が白い菌体膜に覆われてしまうと、中の状態が判断できないのと、オガやチップの色も補色されてより白く見えてしまうので、外側からの観察だけでは判断が難しいということは十分あるかと思います。
あとはもう、蝕感ですね。培地を手にとって指で崩してみると、その硬さが判ると思います。当然、熟成が極限にまで高まるとフワフワ蝕感です。これは木質の高分子体であるリグノセルロースの分解が菌によって極まった結果で、最終的にはスポンジのような柔らかさの脆さにまで変化します。
菌糸瓶飼育の優劣の分かれ道
しかしながら、実用的な見極めはまた違ってくるんですよね。他にも、菌種・菌株の違いに始まって、水分量、培地の詰め具合(柔らかい・硬い)や、オガの粒度や樹種、その他諸々の兼ね合いによって、変化の幅は著しく3D的で広角。しかも、上述した判断基準は、あくまで菌床・菌糸瓶単体で見たときの一部についてです。
つまり、実際は、その中に幼虫という生き物が入ってくる。従って、その場合、当然ながら培地の中の状態は幼虫の生育状態によって日々、大きく変化してくるわけです。幼虫は菌体を含んだ培地を食べて糞をする。そして、成長する。幼虫の個体差もあります。そうなったときの菌糸の状態の見極めは、単純に腐朽菌の活性状態だけを判断要素とするのとはまったく別のメガネが必要であり、また異なった角度からの見方が重要になってきます。ここのところが幼虫の菌床・菌糸瓶飼育の難しいところと言いますか、飼育者の腕というか、経験がものを言うところなのかも知れません。それ故に、例え、同じ血統の幼虫を同じ餌材を使用して飼育しても、飼育者の管理の仕方によって結果にばらつきが表れてくるのだと思います。
このように、オオクワガタの菌糸瓶飼育では常に多面的な考察と判断が肝要だとわたしは思っています。合わせ技的な観察力、洞察力、それに、経過予測——先読み——する能力も大事になってきます。しかし、そのような評価は、擬人化比喩的な解釈に終始するのではなく、あくまで理科的な観察と的確な考察によるものでなくてはならないと思います。
まあ、何はともあれ、4 Liter瓶は仕込み完了。当家の秘密兵器と相成りますことやら。
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