菌糸瓶の熟成最適解とは?
業界筋では抽象的な表現、曖昧模糊な形容で解説され過ぎてしまっている嫌いのある菌糸瓶の最適判断指標——「真っ白に菌糸が張ったら完成」——って、その理科的根拠に関しては、何も具体的に論拠も理屈も示されてはいないでしょう? YouTuberなんて、暢気に初心者に対してもそのように薦めていますし、延々、誰だかの猿真似で、ただただ同じ表現の繰り返しをされてるだけですよね。
ハッキリ言いますと、菌が活性しているのであれば、真っ白になる以前であっても幼虫を投入しても何ら問題はありません。よく、発菌中は熱を持つからダメだの、二酸化炭素が排出されるからダメだのという説がありますが、幼虫にとってはまったく問題ありません。要するに、わたしの結論は、市販の菌糸瓶をそのまま使用する限り、いつ幼虫を投入しようと構わないということです。どの道、幼虫を投入することによって遅かれ早かれ培地は腐敗してしまうからです。
無知の知
市販の菌糸瓶の場合、タンパク質が添加されているため、菌によって培地のオガがすべて分解されるようなことはないと考えられます。要するに、当初から培地は窒素過多な状態だからです。ですので、そこへ幼虫を投入することで、菌糸瓶内のC/N比はどんどん低下してゆき、最終的には腐敗化します。ですので、窒素添加によって栄養(タンパク質)が豊富な分、劣化も急速進行なわけです。
一方、自然下の腐朽材の場合、天然の枯死木は数年掛かりで腐朽菌によって分解されてゆきます。わたしの野外観察では、少なくとも3世代に渡りオオクワガタが同じ材に産卵していたことを確認しています。ということは、腐朽菌による材への侵入は、遡ること、少なくとも数年以前からだったということですから、菌によって5 - 6年間はずっと腐朽状態が維持されている。おそらく、腐朽菌とオオクワガタなどによる生物による一本の天然木材の分解には、都合10年くらいの時間が必要になるのではないでしょうか(勿論、個々の質量によりますが)。
本来は腐朽にはそれくらいの長い年月が必要なものを、人工的に超時短製造化されたものが菌糸瓶という飼育材だということなのです。少なくとも、共通認識として、以上の事実を踏まえた上でわたしの持論・諸説を読解していただきたいと思います。
ということで、わたしが思いますに、現行品の市販菌糸瓶はオオクワガタの成長スパンには上手くマッチングしていないように考えておりまして、それ故にオリジナルで自製を繰り返しているわけです。
大きく育てるにはタンパク質添加は必須か?
幼虫にどうやってタンパク質を摂らせるかというのは、大型化作出を目指すブリーダーにとっての課題なのですよね。これは、以前から言われていることなのですが、——「腐朽菌が木材を幾ら分解したところで、所詮は糖類、つまりは、炭水化物しか幼虫は摂取できない筈である。従って、大型化にはタンパク質をどう摂らせるかが問題である」——というのが、業界的な通説なんですよね。つまり、エネルギー源ばかりでは体躯は大きくはできない、と。なので、菌床ブロック、菌糸瓶培地にはオガに混ぜ込むかたちでタンパク質が予め添加してあるわけです(もう一つの理由は腐朽菌の発菌・蔓延を速やかにさせるため)。タンパク質とは言いましても、そのままでは幼虫は分解吸収できません。従って、これはあくまで腐朽菌の餌としての添加です。腐朽菌が分解してアミノ酸化されたかたちで幼虫に摂らせようという話なのです。ここまでは、ベテラン・ブリーダーならば当然ご存知な知見と思われます。
がしかし、どうも、これはまったく効いていないのではないかというのが、わたしの見当です。というのも、これについては複数年に渡って、わたしは或るタンパク質の添加実験をした結果から得た答えです。例えば、薄力粉などの穀物類の添加は古くからブリーダーによく使われている手法で、実際、市販の菌糸瓶にも使用実績がある栄養体です。しかし、それらはすべて植物性で、動物性タンパク質については使用例が見つかりませんでした。そこで、或る動物性タンパク源を腐朽菌に分解可能か試験をしてみたところ、大変良好だったので、菌糸瓶用添加剤として実使用実験してみたのです。これは、謂わば、幼虫にとっての究極最良のタンパク源と言えるものでしたが、特に発育、大型化などには直線的な有効性はまったく見出せませんでした。但し、キノコの子実体の発育にはかなり有効性があると思われました(コストが見合いませんが)。
実は、この動物性タンパク源添加に関しては、わたしはその実効性にかなり期待していましたので、有効性無しの結果には逆に驚いたくらいなのです。
共生酵母菌とのトライアングルが鍵
それで、どうやら、幼虫が大きくなる栄養素(タンパク源)は、別のルートから幼虫は摂取しているような気がしたんです。それが、どうも酵母菌から齎されているような気がしてきたので、調べてみますと、ある種の酵母菌は——アミノ酸を生合成する——と。あくまで、特定の種の、というところが要注意ポイントです。
それと、もう一つ、自然下で腐朽菌が長期間に渡って安定的に木材を独占できていることも謎と言えば謎なんです。と言いますのも、これは腐朽菌の植菌実験をされてみれば解ると思うのですが、実際問題としては、人工的な腐朽菌培養は、滅菌処理など、かなりの神経を使って行わないと、簡単に雑菌のコンタミを許し、目的の腐朽菌だけを確実に拡大培養することは非常に難しいのです(カビとバチルス菌が難敵です)。要するに、空気中には数多くの微生物が存在しているわけで、我々、人の目には見えないミクロの微生物叢の世界ではありますが、それらすべてが虎視眈々と餌にあり掴んと空気中を常に浮遊しているわけです。にも関わらず、天然の同一材で腐朽材が子実体を複数年に渡って発生させることができ、且つ、オオクワガタ幼虫や他の虫たちをも育むことができるというのには、何か鍵があるとしか思えないのですよね。
そこで、わたしが以前から主張しております腐朽菌とオオクワガタとの共利共生は、双方二者間だけで完結しているものではなく、そこには酵母菌が含まれたトライアングルが成立しているのではないか、と思ったのです。このトライアングルの共生環境が上手く維持できていれば、空気中のバクテリアや他菌種からの侵入、食害を受けずに長期間に及ぶ木材の独占的腐朽環境の維持が成り立つのではないか。
市販品は使い物にならない
ということで、わたし的「今、ココ」なのですが、最早、市販の窒素過多菌糸瓶はわたしには必要無いんですよね。つまり、わたしにとっては市販品はそのままでは使い物にならないのです。なので、熟成最適解もへったくれもなくてですね、「そんなもん、いつ幼虫を投入したって一緒!」とか、言い捨ててしまいそうになってしまいますが、堪えます。
要は、わたしにとっての理想的な菌糸瓶とは、腐朽菌による腐朽状態が長期間維持できる培地であること。その指標的にはC/N比です。早い話が、市販の菌糸瓶では腐敗に至るまでの期間があまりにも短すぎるのです。言い換えれば、劣化が早過ぎる。それは、製品としての生産性重視の方針とタンパク質必須信仰による添加剤必須主義の弊害とわたしは考えています。そのような菌糸瓶では、結果的には、培地内の栄養素は腐朽菌にも幼虫にも利用され切らず、有り余ったかたちで培地を劣化へと誘導してしてしまうのです。ダニ、コバエ、トビムシ、粘菌の発生はその証拠です。それは、幼虫にとって決して好ましい環境ではないのです。
この記事の最初に戻って、さあ、考えてみてください、もし、白い菌体膜が張った状態を幼虫にとっての餌材としての旬、つまりベスト状態だと言うのならば、幼虫投入後は品質は右肩下がり一方ということではないのでしょうか? この理屈で言えば、投入したときの状態を維持し続けられなければ、意味がないのではないでしょうか? 幼虫を投入したことで、更に状態が良くなりますか? No。そういう理屈ではないんですよ、みなさんの仰る「劣化」というのを正しく解釈しますと。