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いま、この時期に会えてよかった。〜20年ぶりに会った友人に抱いていた思い〜
学生時代の友人と、20年ぶりにランチの約束をした。
友人とは、浪人中に予備校で出会った。
一緒に昼ご飯を食べたり、図書館で勉強したり、中庭のベンチで午後の紅茶を飲みながら息抜きのおしゃべりをした。
その後彼女は薬剤師になり、私は理学療法士になった。
結婚した時期もほぼ同じ、同い年の彼と結婚したのも同じだった。
そんな彼女から、妊娠したと連絡があったのが、結婚して1か月ほど経った頃。
ただでさえ慣れない生活なのに、体調が変化して思うように動けず、ダンナさんが仕事であまり家にいなくてなかなか話ができない…と、不安な胸の内が綴られた手紙を受け取った。
その頃、私ははじめての地域に住み始めて、土地勘のないところで生活を始めたこと自体が心細くてしょうがなかった。
バスの路線を間違えて、今いる場所がわからなくて目的地までなかなか行けなかった日もあれば、関西弁を珍しがられたり笑われたりした日もあった。
まるで、エンストばかりする車を運転しているような毎日だった。外出するたびに戸惑い、近くにいた人に尋ねて無視されたりすると疲れが倍増した。家に帰るとぐったりして、もう出て行きたくないと泣いた日もあった。
だから心細さと孤独がMAXだった時期に、友人の手紙を読んでも、近くにお父さんお母さんがいるから助けてくれるやん、仕事を辞めずにそのまま続けられているんやからいいやん、と申し訳ないと思いつつ心の中で毒づいていた。
私は地元を離れるから、仕事を辞めざるを得なかったのに。今住んでいるこの場所も、自分の意思で選んだわけじゃないのに。盆正月しか帰省できない距離に両方の親がいるから、誰も助けてくれないし。
結婚したばかりで、子どもを持つことも現実味がなく他人事にしか思えなかった。子供って大変、くらいしか想像できなかった。そんなこと言われても知らないし。
あのときの大変さを理解したとき、お互い同じだったと気づいた
それから数年後、わが家にも家族が増えた。初めてのことばかりで、わからないことだらけだった。また心細い毎日が始まった。
その頃、ふと友人のことを思い出した。
赤ちゃんとふたりきりの家の中で、彼女があの手紙を書いたときの状況を、今更ながら理解できるようになった。
予想よりも早い妊娠が、未知の世界過ぎてどれだけ不安だったか。
周りに育児について話せる人がいなくて、気持ちの持って行き場がないことがどれだけストレスだったか。
そのとき初めてわかった。
当時の心細さと孤独は、お互い全く一緒だったのだ。
約束の当日に
今回の約束は半分は楽しみだったけど、残りの半分は躊躇していた。
申し訳ないような、気まずい気持ちがずっと引っかかっていた。
ドキドキしながら待ち合わせ場所に行くと、あの頃と変わらない彼女がいた。
私と同じ身長なのに華奢で、指輪のサイズが3号だった彼女は、相変わらず細身のままで可愛らしかった。
彼女の娘さん2人は成人して、私の息子は中学生になった。
難しい年頃になった息子のことを、いろいろ聞いてもらった。
彼女の子育てはひと山もふた山も超えていて、
ひと言ひと言が胸に響いた。
そして、今までお互い大変だったね、と笑顔で話すことができた。
今この時期に会えてよかった。