『THE BATMAN』/ 恐怖・暴力・正義の三位一体。
昨日、和歌山市加太と淡路島のちょうど中間あたりに浮かぶ無人島、友ヶ島に足を運んだ。
この島一番の見所でもある戦前の砲台跡。内部は暗くなっているため、スマホのライトで闇を照らしつつ前へ進む。白く照らし出される壁に点在する掌大の黒い塊。
群生するカマドウマだ。凄まじい嫌悪感。そして恐怖。
もしも彼が幼き頃にこの光景を観たならば…
恐らくバットマンなど居なかっただろう。
ゴッサムの秩序のために暗躍する彼の名は。そう…
「カマドウマン」
・・・
はい、すみませんでした。
というわけで本題へ(この流れを多用しすぎではないのか)。先週の日曜日、今月公開の映画『THE BATMAN』を観に行ってきました。
率直な感想を挙げるとすれば、「なんて陰鬱な…重すぎる…」といった具合になる。恐らく鑑賞した方のほとんどが同じ答えになると推測。
時間にすれば176分、ひたすらにノアールな作品世界(画面もストーリーも全て含めて)に曝されたのち、最初に出てくる言葉が「面白かった or つまらなかった」になる人は少ないだろう。
そんな陰鬱で重苦しい空気感が、文字通り溢れ出したかのような本作。世界観から何からかなり力を込めて作りこまれており、「バットマン」でなくとも十分に重厚な作品として成立すると感じた。
映画『セブン』を彷彿とさせるサスペンス要素、現代の要素も多く含んだ社会風刺、人間性の負の側面の描写、正義とは何なのかと観るものに感じさせる、いわば実にバットマン的なストーリー…
特に社会風刺や人間の負の側面に関する描写は、2019年の『ジョーカー』にも勝るだろう。本作と比較してしまうと、『ダークナイトシリーズ』なんて胸を張ってエンターテインメント映画と言える。そんなくらい。
これらがパティンソン演じるブルース・ウェイン、彼が自己を探るというプロットに組み込まれる。彼と共に徐々に深淵に誘われる作品の構造。そしてその構造に適した3時間という長尺。ゆっくりと、しかしながら確実に底まで落ち切った感覚で劇場を後にする。
3時間と言えば今年鑑賞した『ドライブ・マイ・カー』が思い付く。生きる意味を見つける、みたいな面でも共通点はありつつ。両作品は少しだけ似ているのかもしれない。
ここからは3つほど、要素ごとに簡単な感想を。
先ずは撮影から。冒頭の視線を活用した不気味な長回し、黒い画面と対照的な眩いばかりの光の揺らめき、その手の映画と遜色ないカーチェイスシーン、筆頭ヴィランでないモブにも苦戦を強いられる無骨且つテクノロジー感のあまりない戦闘シーンなど。見所あるシーンは沢山。
加えてショット単位、というより瞬間を切り取った時の所謂「決め画」が、のべつ幕無しの様相を呈している点も数々の印象的なカットに劣らぬ見所でもある。単純にカッコ良いというものは勿論、終盤の神話的なものまで。
逆の見方をしてみると、上記で挙げた「決め画」が断続的に続くこともあり、画に関するメリハリは無かったようにも感じる。物語が終始暗い画面で展開されることも併せて考えてみると、あえてメリハリを排除しているのかな、とも。
続いてストーリー。先ほども挙げた通り、様々な要素が組み込まれたストーリーだが、やはりここで挙げるとすれば「正義とはなにか」というバットマンにおける宿命的なテーマだろう。
正義と結びつくであろう良心と、不正義に繋がる悪意。これらの対比は冒頭の地下鉄のシーン、若者のフェイスペイントで目に見える形で表れている。加えてこのシーンでは一般人を救ったバットマンが、その一般人に恐れられる場面も描かれる。正義とは何なのか、そう序盤から問われる。
少し前にこんな記事を書いた。
正義とはなにかという問題に、キリスト教神学、特にティリッヒの思想の観点から迫るという内容だったこの記事。今回の『THE BATMAN』における同様のテーマにおいても大いに応用が効く。
該当記事でも触れたアリストテレスの『ニコマコス倫理学』内での正義に対する記述。そこには「報復的正義」という項目があり、作品内でのバットマンの行動にも重なる部分があった。
復讐、或いは自身の固執したイデオロギーに囚われた彼の常軌を逸した行動。本作でそれらを徹底的に正義ではない「何か」として描いている。彼が下す正義の鉄槌は暴力的な私的制裁であると。描き方次第ではこれらを正義としても見せられたのでは、というのも面白いところ。
そんな正義を執行する存在として、どのような在り方が正しいのか。主人公と共に考える3時間。最後に光るものは見えただろう。安易に世界情勢や現代社会の話を持ってきたくはないが、実際考えざるを得ない内容であった。
恋愛要素はいるのか?とも思ったが、「実存的疎外の克服」という正義に関わる要素でもあるんだよな…
最後に俳優陣。個人的に最近観たパティンソン出演の映画なんだが『悪魔はいつもそこに』『ライトハウス』と陰鬱路線を行っていたこともあり、本作のダークさもすんなり受け入れられた。彼が放つ危なっかしいオーラと底知れぬ闇、そして徐々に滲み出る葛藤。実に人間的であった。なんにしてもそろそろ爽やかパティンソンが見たいゾ…
ゴードン役のジェフリー・ライトの安定、信頼感。リドラーを演じてみせたポール・ダノの狂気に満ち溢れた表情と声質。これらは勿論素晴らしかったが、なんといってもコリン・ファレルですよ。気付くか?あれ。貫禄と小物感が表裏一体に存在するペンギンを見事に演じてみせた。
恐らく次回作に出演するであろうバリー・コーガンも非常に楽しみ。『聖なる鹿殺し』もよかったし。
というわけで。おススメですよ、ええ。アクション映画、特にアメコミ系が苦手な人には特に。そんな人たちが楽しめそうな映画ですから。ただ暗くて長いんでね。時間だけでなく精神的にも観れそうなときにご鑑賞ください。
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