読書感想文: 科学論文の英語用法百科 第2編 冠詞用法
本の概要
英語における冠詞、すなわちaとthe(不定冠詞・定冠詞)の使い分けについて解説した本。ただそれだけのために300ページ使っている。冠詞は日本語にはない概念であるため、躓く人が多いであろう。その冠詞の使い方について、具体例を示しながら、冠詞がないとき、aがある時、theがある時に英語話者が読み取る情報について詳細に解説してくれている。科学論文に限らず、英語全般に言えることなので汎用性の高い知見が得られる。
感想
結論から言えば非常に役に立った。私は学生の頃から英語を頻繁に使っており、いまもなお職場で英語を頻用している。その使っている英語の中で冠詞が持つ重要な役割を知ることができた。筆者がネイティブの英語話者であることもあり、英語話者が冠詞から感じるニュアンスや何を以て冠詞を付けるかという判断基準についても平易に書いてあった。
theは「その」と和訳されることがよくあるが、厳密にはこれは正しくない。theは話し手と聞き手の認識が完全に一致するときに付けるものとされている。本書を読んだ私の感想だが、「名前を言っていけない例のあの人」の「例のあの」に近いと思う。それゆえ、この世に一つしかないものについては常にtheを付けるというルール(the earthなど)や今までの文脈には出てきていないのにtheがつけられることがある(the umbrella hanged over there)ということにも一つのルールで記述できるということは目からうろこであった。
これにより、aとtheで全く意味が異なる分も存在するということも解説してある。例えば、以下の二文は聞き手の感じ方が全く異なる。
There is a hole in this boat.
There is the hole in this boat.
前者ではボートに穴が開いているということだけを言っている。それ以上の情報はないため、「船が浸水しているぞ!」という情報を受け取る。しかし後者では浸水しつつあるボートの上に話し手・聞き手が居て、どこかに穴があるという状態はお互いの共通認識の上で、「浸水の原因となっている穴を見つけた!!」という情報を受け取る。このように、冠詞を変えるだけで聞き手の情報が異なってしまうことを本書はいくつもの具体例を示している。
また、本書は名詞の可算・不可算の使い分けについても言及している。なぜなら、冠詞は可算名詞のみに使われるからだ。その理屈についてはここでは割愛するが、この可算・不可算も日本人にとっては難しい概念だ。例えば、氷は一つ二つと数えられるのに、iceは不可算名詞である。これに関し、本書は「対象の物と他との境界が明確であるか」という概念で区別可能だとしている。ballはボールという物体とその他の境界が明確であり、ボールを二つに分割すればもはやそれはballではない。一方で、iceは砕いても以前iceであるため、明確な境界を持たないため、不可算である。これもまた、一つの概念で可算・不可算を区別できる画期的なアイデアであった。
このような可算・不可算によって生じるニュアンスの違いは以下の文が著名であろう。
I like dogs.
I like dog.
前者は可算名詞で不特定の犬という動物が好きであるという意味である。これはおそらく話者の意図した意味だろう。しかし後者はdogを不可算として扱っている。この時、動物の犬(犬は分けたら犬ではなくなる)ではなく、犬の肉(肉は分けても肉)が好きという意味になってしまう。このように、可算か不可算かだけでも英語話者は感じる意味が異なってしまう。このような可算・不可算の取り違えによる意味の違いや誤用についても詳細に解説してある。
このように、冠詞の有無や定冠詞・不定冠詞の使い分けによってネイティブの聞き手は多くの情報を理解しているということをよく理解できた。本書を読んで以降、論文執筆だけでなく、普段の会話でも冠詞の使い分けに留意しながら話せるようになった。まだそれは完璧ではないものの、本書を読む以前と比べると大幅に改善された。
こんな人にお勧め
英語を普段使っているすべての人間
余談
本書を読んでなお、glassware(ガラス器具)が不可算であるのが未だに納得いかない。