ブッダのおしえとは⑧十二支縁起説
『無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死』⇐順番はこの順番で変わらない
『無明』
四諦八正道などの仏教真理に対する無知であり、根本煩悩と呼ばれる。無明に縁って行が生じる。
『行』
行為、つまり業のことで身口意の三業。業に縁って識が生じる。
『識』
認識する働き。心のこと。識に縁って名色が生じる。
『名色』
五蘊のうち受、想、行と色の各蘊。また心身、あるいは識の対象となる全てとされることもある。名色に縁って六処が生じる。
『六処』
眼、耳、舌、鼻、身、意の6つの感覚。六処に縁って触が生じる。
『触』
接触。心に対象が触れること。触に縁って受が生じる。
『受』
6つの感覚器官と認識対象との接触から生まれる感受である。受に縁って愛が生じる。
『愛』
溺愛、あるいは欲、欲求のこと。愛に縁って取が生じる。
『取』
執着、煩悩のこと。取に縁って有が生じる。
『有』
生存、存在。有に縁って生を生じる。
『生』
生まれること。生に縁って老死が生じる。
『老死』
老いそして死ぬこと。生に縁って老死が生じる。
初期仏教では、これら十二支の関連についての解釈としては固定的なものは存在しない。次の部派仏教の時代になると無明と行を過去世、識、名色、六処、触、受を現在世の五果、愛、取、有が現在世の三因、生、老死を未来世とし、全体で過去から現在、未来へとつながる因果関係を説くものとして『三世両重因果説』が伝統的な通説になった。
初期仏典の伝承のひとつによれば、ブッダは菩提樹下でのさとりのあと、7日の間十二支縁起じっくりと何度も繰り返し順番を逆転させながら唱えたとされる。
十二支縁起を説明する時、無明から始めて説明する方法を順観という。逆に老死からたどる説明を逆観という。
最も整備されたものとして、後代まで伝えられる説明方法が十二支縁起説である。修行者たちは自らの煩悩がどのように起こって来ているのかを考える。つまり時間的にさかのぼる逆観や時間的経過に沿う順観を組み合わせて瞑想するのである。
十二因縁の支分は、無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死の12個。この12個の支分において、無明によって行が生じるという関係性を観察し、行から次第して生や老死という苦が成立すると知ることを順観という。また、無明が消滅すれば行も消滅するという観察を逆観という。
順観と逆観の両方を行って、人間のありように関する因果の道理を明らかにした結果、因果の道理に対する無知が苦悩の原因であったと悟る。その際には苦悩が消滅し、根源の無明が消滅しているため輪廻もなくなるとされる。
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