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仏教の目指すもの①

仏教を開いた人はゴーダマ・シッダルタという実在の人物である。である。ゴーダマ・シッダルタが本名ならば尊称が釈尊、釈迦、仏陀などと呼ぶ。ちなみに『釈尊』は釈迦牟尼尊の略である。『釈迦』はゴーダマ・シッダルタの出身部族「シャーキャ族」からきている。

仏教の目指すものとは『幸福』である。言い換えると幸せ、あるいは平安な心の獲得と言っても良い。また、『苦』の完全な解決とも言える。仏教は絶対的な幸福、幸せ、苦を完全に解消しきって二度と苦が生じないことを目指す。これを仏教専門用語で『解脱』『涅槃』『智慧の獲得』という言い方になる。この3つは同じ意味である。1つずつ見ていくと…

⑴解脱
解脱とは苦に満ちた輪廻の世界から脱出することであり二度と輪廻しない、つまり二度と苦を受けないことである。苦からの脱出と言ってもよい。従って絶対的な平安の境地に入ることを意味する。

⑵涅槃
解脱した絶対平安な境地のことを涅槃という。だから仏教は解脱を目指すとも涅槃を目指すとも言ってもよい。涅槃とはサンスクリット語でニルバーナ漢訳したもの。ニルバーナとは吹き消すという意味で煩悩を吹き消した絶対平安で安楽な心の境地ともいう。

⑶智慧の獲得
仏教では真理をのぞきどのようなものにも、それを成立させたりしている直接間接の原因があるとみる。当然『苦』も例外ではない。従って苦を消滅させるにはその原因を経てば良いということである。
仏教の目的は悟りの智慧の獲得と言ってもよい部分はある。悟りの智慧によって苦から解脱し涅槃に至るということになる。だから智慧の獲得なくしては解脱も涅槃もないという極めて重要なものである。


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