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ブッダの生涯⑺ 最初の説法〜初転法輪

・梵天勧請と説法の決意
成道(さとりを開いた)後、ブッダはしばらくのあいだネーランジャラー河のほとりにとどまって禅定を続けながらさとりの内容について吟味することを繰り返していた。その中でブッダは次のような想いを抱く。
即ち、わたしがさとった法は深遠で理解しがたく、静寂ですぐれ、推論の範疇を超え賢者によって感受されるものである。しかしこの世の人々は執着によって楽しみ、執着おいてよく喜んでいる。そのような人々にこの法、縁起となるものは見えがたい。しかもわたしが法を説いても他の人々がよく知ることができないならば、それはわたしに悩みとなるだろう。と、考えた。

ブッダが見出した『縁起の法』はあまりに難解であるため世の中の人々はとても理解できないとブッダは考えて、いったんは世の中の人々に語ることを止める方向に心が傾いた。
しかしその時神々の主である梵天ブラフマーがブッダの前に現れてさとりの法を世の中の人々に説くことを請願した。請願されたブッダは、世の中の人々の姿をあらためて観察し人々の中には説法を理解できる能力がある人がいることを知る。そしてブッダは世の中の人々に『法を説く(説法)』を決意する。この一連の物語を『梵天勧請(ぼんてんかんじょう)』と呼ぶ。

こうして説法を決意したブッダは説法を行う対象を慎重に選んだ。
第一候補は禅定を学んだ師匠、アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタだったが2人ともこの世になかった。そしてかつて修行を共にした五比丘を考えた。彼らがふさわしいと判断し五比丘がいるサールナートに向かった。

最初五比丘たちは苦行を捨てたブッダを軽蔑していた。そのためその姿を認めた時は無視しようと話し合った。しかしブッダが彼らに近づくに連れその、顔に真理の覚者たる輝きがあることに気づいた。

ブッダは五比丘に最初に説いたのは『中道(ちゅうどう)』であった。ブッダは快楽を求める修行と苦しみを追求する苦行がともに極端な修行方法でありそれによってさとりは得られないことを示した。二つの極端を離れた真ん中、『中道』こそが仏教の基本スタンスであるとした。

次にブッダは『中道』の内容となる具体的な実践項目として『八正道(はっしょうどう)』を示した。

中道とはいかなるものなのか、それは『八正道』であるとした。即ち、正見(正しい見解)、正思惟(正しく思う)、正語(正しいことば)、正業(正しい行為)、正命(正しい生活手段)、正精進(正しい努力)、正念(正しい反省と決意)、正定(正しい目標に集中する)。
これが涅槃に導く中道であるとした。

最後にブッダは苦に関わる4つの真理として『四諦(したい)』を説く。
この世は『苦』の世界である『苦諦』

苦の原因は『執着、煩悩』である『集諦』

苦の原因を滅すれば苦は絶たれる『滅諦』

苦を断つためには正しい修行が必要『道諦』

とした。

このようにブッダは最初の説法で『中道』『八正道』『四諦』を説いた。この最初の説法のことを『初転法輪』と呼ぶ。

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