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短編小説 ささやかなプレゼント

 久しぶりに駅前に来た。駅前にはミスタードーナツがある。ドーナツでも買って帰ろうかな。きっと喜ぶだろうな。喜ぶ顔を想像して思わず僕自身も顔が和らぐ。きっと喜ぶぞ。
 3人だからそんなに多くは買わない。厳選してドーナツを選ぶ。でもあれも選びたい、これも買いたいというのが僕の本音。期間限定の商品も良いけど、定番の商品も食べたい。その中でもエンゼルクリームとオールドファッションは欠かせない。
 結果季節限定の商品2つとエンゼルクリーム、オールドファッション、ハニーチュロを注文することにした。
「お会計をお願いします。」
「かなり悩んでおられましたね。」
 会計スタッフの方が微笑ましく話し掛けてくれた。接客のマニュアルにはないのかもしれないけど、そこにこの人情味を感じた。
「そうなんです。両親と僕だけなので、どれにするか厳選してました。」
「でも私はすごく素敵な組み合わせだと思いますよ。きっとご両親も喜んでくれると思いますよ。」
「ありがとうございます。そうだと良いんですけど。」
 ちょっとした会話だけど、この会話自体がちょっと嬉しくなった。またこうやって話してみたいな。
「ありがとうございました。」
 一礼して店を出る。店を出るとオレンジ色の夕日が出迎えてくれた。

「駅前に行ってきたから、ミスタードーナツ寄ってきたよ。」
「えっ何買ってきたの?」
「期間限定のものとあとはいつもの定番の商品。」
「期間限定?」
 父親が目の色を変えてこちらを見てきた。もう50歳をとっくに超えてるのに、甘いものには目がない。
「うん、なんか気になってさ。僕も食べたいと思ったし。」
「おう、これテレビのCMでやってたのじゃないか。2つあるんだったら、1つは俺のだな。良いよな?」
「正志が買ってきたのだから1つは正志が食べたら。あと1つあるんだったら半分ずつしてシェアすれば良いじゃない。」
「まあそうだな。仕方ない。」
 母親には逆らえない。でも僕が母親の立場でもそうする。
「じゃあ夕食の後に食べましょう。なんかドーナツって久しぶりね。すごく楽しみ。期間限定もだけど、オールドファッションも美味しいよね。」
 両親どちらもすごく喜んでくれている。買ってきて良かった。もう少しくらい買ってきても良かったかな。
「じゃあ早く夕食にしよう。早く食べて、早くドーナツを食べようよ。」
「お父さん子供じゃないんだから。」
 夕食もいつもより美味しく感じたし、いつもより雰囲気も良かった。お母さんも期間限定とオールドファッションは絶対に食べるだろう。お父さんは何を食べるのだろう。
「お父さんはあと何を食べたいの?」
「俺はエンゼルクリームかな。」
 そうだ、お父さん好きだったもんな。
「じゃあ僕はハニーチュロにするね。」
「それで良いの?」
「うん、僕はハニーチュロも好きだから。」
 夕食を食べて、ドーナツもみんなでガヤガヤ言いながら食べた。ドーナツがなしでも楽しい時間になっただろうけど、ドーナツがあることでさらに会話が弾んだ気がする。買ってきて良かったな。
 両親も喜んでくれて良かった。
 寝る前家族での夕食の時間を思い出す。値段にすれば2千円もいかない。それでも僕にとってすごく幸せな時間だった。こんな時間を少しでも増やしていきたいな。
 でもこれがもし両親が喜ばなかったらどうなっていたのだろう。やっぱり悲しんでいただろうな。でも喜んでくれたら自分も嬉しくなり、そうでなかったら悲しむ。そんな単純で良いのかな。プレゼントは贈る側がその人を想像して行動をしている時点で、もうすでに満たされているのではないだろうか。もちろん独りよがりになってはいけないと思うし、相手が喜んでくれたら当然嬉しい。でも相手が喜んでくれたのならと前提があれば、それはまるで相手に強要しているみたいで僕は嫌だ。
 だから僕は相手を想像して、相手を喜ばせるつもりで贈るが贈った時点で終わり。あとは相手に任せる。
 逆に僕が貰う側になった時は、多少困っても相手に喜んだ顔を見せてあげたい。その方が相手も喜んでくれるから。
 多少のことなら後でそれ程好きではない事を相手がガッカリしないように伝えるか。でもそれならいっそのことその時に伝えてもらった方が、相手にとっては良いのかな。考えがグルグルと廻る。
 とにかく今はそう考えている。家族へのささやかなプレゼントだったけど、大事なことを教えてくれた。

 1週間後休みの日を利用して、またミスタードーナツを訪れるとこの前の店員さんがいた。そっか、休みの日でもいるんだ。
「喜んでもらえました?」
「えっ、はい。僕よりむしろ両親の方が喜んでいたくらいで。」
「それは嬉しいですね。でもご両親って何歳くらいなのですか?」
「両親はもうすぐ60歳になりますね。でも甘いものには目がないみたいで。良い歳して何だよって思うのですけど、でもそれも良いかなって。」
「分かります。私も甘いものには目がないですもん。でも60歳近くになっても、それだけワクワク出来るって私は素敵だと思いますよ。」
「そうですよね。ありがとうございます。」
 なんか気が合うな。こうやってちょっとした会話だけでもやっぱり嬉しい。
「そうだ、今日はフレンチクルーラーとマンゴーとファッションフルーツのフルーツティーでお願いします。」
「店内でお召し上がりですか?」
「はい。」
「かしこまりました。」
 午前中、こうやって何気なく過ごす時間。本を読んだりしながら、のんびり過ごすのも良いもんだ。平日は仕事で遅くなることもあるから、なかなか来れないけど休日にこうやって息抜きするのも良いもんだ。お金だって千円もあれば十分なんだから。
 毎週とはいかないけど、1ヶ月に2回くらいは来ようかな。そうすれば僕の生活ももっと良くなる気がする。
 ここに来る時用に本を買ったりして。もしくは仕事の資格所得に向けての勉強にもなるかもしれない。今までやる気になれなかったけど、ここに来る事をきっかけにしてやる気を引き起こす。
 この店まで歩いて来れば15分はかかる。その時間で運動になるし、帰りはちょっと遠回りしながら30分歩いても良い。運動する為にこの店に来て、学ぶ為に来て、もっと知る為に家でも時間を設けて学ぶ。
 僕は自分の人生をさらに良くしていきたいから1歩ずつ頑張る。

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