訪問看護というカスタマーサクセス
私自身、病院に魅力を感じず、訪問看護を見て「これだ!」と思った。
新卒から訪問看護にチャレンジできる環境に出会い「訪問看護やってみてダメなら、看護師は向いてないから辞めよう」の気持ちだった。
そう言いつつも、6年経った。
今でも訪問看護師をして、病院出身の看護師さんとも肩を並べて、お互い知恵を出し合いながら楽しくやっている。
新卒からでも訪問看護はできなくはない、ということがわかった。
ただ、そこには手塩に掛けて育ててくれる先輩看護師の存在が不可欠だ。
放っておいてひとりでに立派な看護師になる新卒なんて、病院にもいない。
成長には、教える側が徹底的にフォローしていくことが必要になる。
ひとりで訪問できるようになっても、必ず電話で報告をもらうようにする。
ひと通り報告してもらった後、多少長電話になっても「ここはどう?」とこちらから聞きまくり、その場で確認してもらいまくる。そんな影武者先輩の視点と対処を、新卒も真似して実践し、身につけていく。
利用者さんに並走するのと一緒で、新卒にも並走する人が必要なのである。
ただ、新卒訪問看護師採用には『圧倒的にコストがかかる問題』がある。
新卒訪問看護師は、件数に応じてでしか報酬が入らない制度の中で、自分が訪問に回らなくても給料が出ていることの自覚を持ってその投資に応えるくらいの努力をする。
雇用側は、出資と教育リソースが必要なことを承知して、子どもを育てるくらいの覚悟で受け入れる。
この双方の認識と覚悟があり、そのバランスの上でこそ成り立つ。
できなくはないけど「それ相応の条件」がうまーく合わさってできている。
これを当たり前にするには、訪問看護のシステム自体から変える必要があるのではないかと思っている。
訪問看護では、利用者さんのウェルビーイング、健康にいかに寄与できるかを大切にしている。
看護師1年目のとき、利用者さんのご家族から印象的な言葉をいただいた。
「経験年数は関係ないんです。
どれだけ妻を大切に思ってくれているかです。」
この言葉で、利用者さんにとって理想的な看護師と、看護師の考える理想的な看護師はイコールではないのかもしれないと気付かされた。
新卒どうこうを気にして足枷をかけているのは結局看護師自身だ。
他職種や家族の目もある中、現場で丁寧なケアを叩き込まれてきた。
そのぶん、時間に追われて粗があるケアよりも嬉しいと話してくれたこともあった。
在宅の丁寧な看護を評価して、自宅にいることを選ぶ人もたくさん見てきた。
ケアを安全に美しく行う、不安や悩みに触れて一緒に揺れる、そんな中で変化をキャッチする。
ケアする−されるのパターナリズムの強い関係ではなく、人対人として真摯に付き合うことができるのが訪問看護の醍醐味だ。
新規契約などの場で「看護師が家に来て何をしてくれるの?」と役割や価値を利用者さんから問われることがある。
一般の人からすると、看護師って注射するんでしょ?くらいのイメージしかない。(不本意に思う看護師さんもいるかもしれないけど、これは本当)
そんな状況の中で利用者さんの情報からニーズを見出し、言語化やケアで表現して、看護の価値を提供していく。
利用者さんの健康や生活を維持できるよう貢献する。
その点がまさにカスタマーサクセスに通じるものがある。
私が看護師6年目も終わろうとしてもなお「新卒訪問看護師」の看板を掲げていることに、ダサいと思う人もいるだろう。
正直私ももう降ろしてもいいと思っている。
それでも掲げる理由がある。
私が2年目の時、新卒から訪問看護をして7年目の人に出会った。
新卒訪問看護師がそもそも少なくキャリアのイメージが沸かない中で、「転職」「管理」「進学」など今後の選択を周りから問われ、悩んでいた。
その出会いで「方向転換するんじゃなくて、ずっと現場で訪問看護をやっていてもいいんだ」と思えて肩の荷が下りた。
当時の自分と同じように「こういう人もいるんだ」と安心する人がいるかもしれない。
だから、新卒の訪問看護師が当たり前になるまではもう少し、この「新卒」を掲げておこうと思っている。ダサくても構わない。
利用者さんのことも自分のことも「できない」の壁が出てくると思うが、その先の「どうやればできるか?」を問い続けられる人でありたい。
これからも泥臭く「できる」を探していきたい。