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もう君に「好き」と言えないんだね
同時並行で何人でも「好きな人」認定してしまう
私の恋には、基本的に終わりがない。
そんな私にも、やめてしまった恋がある。
今日は、私が初恋を諦めた話をしよう。
私が初めて恋をしたのは、小学六年生。
理由とか、きっかけはない。
強いて挙げるなら「単純接触効果」だろう。
私たちはいつも、休み時間、自由帳に
二人で絵を描いていた。
まあお互いに、友達が多い方ではなかったので、
本当に毎日、ずっと一緒にいた。
どちらともなく待ち合わせて、当然のように
一緒に下校する流れもできていた。
何を話したかは覚えていないけれど、
彼との日々に、幸せをめいっぱい感じていた。
彼は癖っ毛で、私はそのふわふわの髪を
撫でるのが大好きだった。
彼は左利きで、ちょっと字が下手で、
でも、彼の書いた字すべてが愛しかった。
くすぐりに弱いところも可愛かった。
ああ、彼は犬の鳴き真似が上手だったっけ。
「ワンって言って!」と言えば「ワン!」と
元気よく吠えるような、従順で可愛い犬。
私の臆病は、この時からすでに発現していた。
私は彼に告白することもできずに、
中学校は別々になって、会えなくなった。
いや、時々会えた。
私が彼の下校ルートで待ち伏せしたからだ。
犬の散歩と称して。
いわゆるストーカーである。
歩いて三十分かかる所なのに、
よくもまあ、足繁く通ったなと自分でも思う。
犬はいつも疲労していた。ごめんな。
中学生の彼は、学ランが死ぬほど似合っていた。
ここで何を話したかも覚えていない。
きっと小学生の頃と何一つ変わらない距離で、
何でもない話をいつまでも続けていたのだろう。
それでも月日が経つにつれて、
私は中学校の同級生にも恋をして、
初恋の彼に会いに行くことはなくなった。
そもそも、会いに行く方が異常であるという
自覚はあったし。
でも・・・
ずっと好きだった。
彼の絵と私の絵が書き込まれた自由帳は、
引き出しの奥に大切にしまい込んだ。
時々見返しては、彼のことを想った。
それからまた長い時間が流れて、
あれは忘れもしない高校一年生の時。
深夜、彼からLINEが来たのだ。
たまたま起床していた私は、メッセージを見た。
「もし私が女の子になったら、
びっくりしますか?」
という文字を。
私は、深く考えずに「びっくりするけど、
面白そうって思うよ。」と送った。
彼は変わった人間だったし、女の子になろうと
していても、何ら不思議はなかった。
私も、彼が「男の子らしくなかった」から、
話しやすかったのだと思うし。
そして高校二年生の秋。
彼は私に「会いたいです。」と言った。
再会した時の記憶は鮮明に覚えている。
まるで空のように青いパーカー。
それとアンバランスに浮かぶ彼の白い顔。
あの時と同じ猫背、眼鏡、癖っ毛。
前より小さくてかすれているけれど、
変わらない優しい声。
彼の敬語口調には、違和感を拭えなかったが。
その時は、両親が家を空けていたから、
ずっと外で話すつもりだったのだけれど、
思ったよりも風が冷たかったので、私は玄関まで
彼を招き入れて、横並びに座らせた。
私は一生懸命に話す、彼の顔を覗き込む。
伸びた黒髪の隙間から見える、細い首。
憂鬱そうに沈んだ、長いまつ毛。
私は、ああ、綺麗な横顔だ、と思った。
彼は色んな話をした。
彼によれば、彼には前世の記憶があるらしく、
その時の自分は、盲人の女の子だったという。
自分には夫が居たと言い、彼は嬉しそうに
「旦那さんは・・・」と前世の夫を語った。
今にして思えば、精神的側面から見て、これも
NTR(寝取られ)に該当するだろう。
ひとしきり事情を話して、彼は言った。
「あの、お洋服はどれくらい持ってますか。」
私は少し考えて、二十着くらいかなと答える。
高校二年生にしては少なすぎる量だが、彼は
「たくさんですね。」と言った。
「昔は、服が全然なかったから・・・」
そして彼は言った。
「可愛い服が着たいです。」
その時の、はにかみながら笑った彼は、
どう見たって可愛らしい女の子の顔だった。
あ、この笑顔は駄目だ。
私は茫然として、そう思った。
もちろん、好きな人を家に呼ぶ時点で、
私に下心が一切なかったはずがない。
あの頃と同じように話したい、
願わくば、私のことを好きになって欲しい。
でも、もう遅すぎたのだ。
彼は別の幸せを見つけて、それに向かって
一生懸命に走っている最中なのだ。
私が彼に「好き」と言うことが、
彼を幸せにする日は来ないのだろう。
彼を「男の子として好き」だと言うことは
もはや許されない、と確信した私は、
初恋を終わらせようと決めた。
私は、女の子になった彼を、心の底から愛せる
ほどには、彼を愛せなかった。
そんな覚悟はなかったのだ。
私は、庭で家族とともにバーベキューをした後、
くすぶった残り火に、こっそりと、
あの自由帳を投げ入れた。
燃えるゴミに分別しても良かったけれど、
どうしても火葬をしたかったのだ。
パチパチ、パチパチ。
燃料を得た火は、ほのかに暖かさを取り戻す。
あなたのことが大好きでした。
灰は風に吹かれて、どこかへ飛んで行った。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
あなたにも「好き」と言えない人は居ますか。
恋人がいた。結婚していた。
自分が恋愛対象外だった。
例え恋人や夫婦でも、セックスレスで
「愛し合う」ことさえ叶わないとか。
渋柿がいつしか甘くなるように、
傷んだ果実が芳醇な香りのお酒に変わるように、
私の苦しみも、あなたの悲しみも、
身体の中に取り込まれて、自分が「自分」となる
大事な材料に変わってゆくのだと信じて。
今日も明日も、この世界を生きるとしましょう。
それではまた。
わらさだくりや
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