知財経営を統合思考原則と経営デザインシートに焦点をあてて考え直す
経営コンサルタント・弁理士 鈴木健治
2022年6月8日初版(タイトル画像なし)
2022年6月9日第2版(タイトル画像追加、各種表現を修正、C-2-5追加)
A ビジョン 知財経営の進化と浸透で産業の発達と需要者の利益保護を図る。
趣旨
経営や投資にとって、知的財産権はどのような意味があるか。知的財産権が活用される経営とはどのようなものか、答えはないが、新しい時代に向けた一つの参照モデルを提案する。
統合思考原則と、経営デザインシートを組み合わせ、知財経営ですべきことと、知財経営の成果の1つとなる開示の方向性を模索する。
統合思考の6つの原則
統合思考の原則は、価値創造財団VRFによって示され、VRFのIFRS財団への合流とともにIFRS財団の文書の一部となる指針である。
TCFDに沿うように、下記の6項目で経営の統合思考を深め、企業報告の質の向上を目指す。6項目に1から6までの番号を付した。
1 パーパス
2 戦略
3 リスクと機会
4 カルチャー
5 ガバナンス
6 パフォーマンス
経営デザインシートKDSの項目との関係では、KDS簡易版を例とすると、
1 パーパスはトップラインの「将来構想のキャッチフレーズ」、
2 戦略は未来のビジネスモデルや 移行戦略、
3 リスクと機会は外部環境と機会(課題)、
4 カルチャー及び5ガバナンスは過去や未来の資源(リソース)、
6 パフォーマンスは提供価値の一部となるか、またはKDS完成後に別途整理する。
統合思考原則の日本語訳はKPMG殿が公表してくださっている。
経営デザインシートと知的財産権の経済的価値評価
知的財産権の経済的価値評価をする際に、経営デザインシートの要素である「価値創造メカニズム」に知的財産権の位置づけて評価する手法が提案されている。
価値創造メカニズムは、資源、ビジネスモデル、提供(創出)価値(アウトカム)の3つの組み合わせである。ビジネスモデルと提供価値の間に、製品・サービス等のアウトプットを置いても良い。
知財のビジネス価値評価検討タスクフォース 報告書 ~ 経営をデザインする ~
この報告書による手法は、知的財産権を事業と一体としてとらえ、将来キャッシュフローの期待値と変動値の両面を考慮して(同報告書の図3-2)、知的財産権の経済的価値評価をするものである。
この報告書では、WACCと知財ベースのWARAが対比されているなど、知財関係者はもちろん、取締役・執行役やコーポレートのスタッフ部門の方々が、知的財産権の価値評価を知る際の解説としても優れている。免除ロイヤルティ法の解説なども簡易ではあるが含まれている。
本記事は、統合思考原則と、価値創造メカニズムベースの知的財産権の経済的価値評価を前提として、鈴木健治の知識経験により整理したものである。
この分野に関する文献は多数あるが、基本に戻り根源から疑うという立場で、上記の他、下記を参考とした。
参考文献
<IR>フレームワーク
https://www.integratedreporting.org/resource/international-ir-framework/
WICIインタンジブルズ報告フレームワーク
https://wici-global.com/index_ja/wp-content/uploads/2021/10/WIRF-japan.pdf
知的財産戦略ビジョンhttps://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizai_vision.pdf
企業価値向上に資する知財経営の普及啓発に関する調査研究(経営デザインを通じた知財経営の導入支援事業)
https://www.jpo.go.jp/support/example/chizai_chousa_2023.html
本記事の構造
本記事は、A パーパス | ビジョン、B これまで、C ありたい未来、D 移行・取り組み、という経営デザインシートの構成をとっている。このBとCの要素は統合思考原則の1-6の要素であり、小見出しにその番号を付した。
B 知財経営のための前提
前提
知財経営をするために、知的財産部門の担当外の事項で、企業として実現しておいて欲しい事項がある。
その知財経営の前提を、1 パーパス、2 戦略、6 パフォーマンスの項目にそって整理した。自社の統合報告書を読みながら経営デザインシートを作成すると、その前提として必要な項目が充足しているか否か確認することができるだろう。充足していない場合、経営デザインシートの作成者が社内ヒアリングをしたり自ら思索するなどしてとりあえず埋めて欲しい。
知財経営の前提は、一言でいうと、長期的な経営である。知的財産権は、長期に存続するため、経営が一定程度、長期指向で舵取られていなければ、知財活用を統合的に構想できない。
B-1 パーパス
B-1-1 自社の創業理念、企業理念、組織のパーパス、価値感などが言語化され、公表もされている。
B-2 戦略
B-2-1 例えば10年後など、中期計画の期間を超える未来での自社のありたい姿が定められ、公表されている。
B-2-2 自社の長期ビジョンなど戦略目標が定められており、その目標の達成がどのように社会価値、環境価値の提供に結びつき、SDGsに貢献し、もって、自社のパーパスを実現するのかが分析・評価(アセスメント)されている。
B-2-3 サステナビリティに関する重要事項が、ビジネス戦略と一致している。
B-6 パフォーマンス
B-6-1 自社の統合報告書(相当の報告書)は、投資家に向けて、中期・長期のありたい未来に向けた価値創造のストーリーを伝えるものとなっている。
B-6-2 事業や製品・サービスについて、価値創造メカニズムを参照して、誰にどんな価値をどのように提供しているか、把握できている。
B-6-3 全社的に重要なKPIが定められ、経営の舵取りに用いられている。
上記Bの項目が充足していると、知財経営が機能しやすく、充足せず経営方針が短期的に変化が大きいと知財経営の取り組みが空振りしやすい。
C ありたい未来の知財経営
ありたい未来の知財経営では、下記の活動が推奨される。知財部門又は経営企画の知財担当者が主導し、取締役会や執行役員の理解を深め、段階的に、内部統制やガバナンスに組み込まれていくと良い。
C-1 パーパス
C-1-1 自社のパーパスが、知財活動の行動指針や意思決定の動機付けとなっている。
C-3 リスクと機会
C-3-1 自社製品・サービスに関して、知的財産権を取得、保持しないことで競合の参入を許し、将来の利益率が低下するリスクを評価し対応する。
C-3-2 知的財産権をオープンにしないことで市場を成長させられないリスクを評価し対応する。
C-3-3 自社等の製品・サービスが他社の知的財産権の侵害となるリスクを評価し対応する。
C-3-4 社会価値や環境価値のうち自社のマテリアリティ(価値感に応じた重要性)に見合う機会を知財活動で得られる情報に基づいて抽出し提言する。
C-3-5 抽出されたリスクと機会に応じるために有用な社内外の知的財産権の情報を社内に報告する
C-2 戦略
C-2-1 知的財産権の経済的価値を、全社又は事業ごとの価値創造メカニズムを参照して把握し、説明する。財務報告の事業セグメントごとに把握・説明できると良い。
C-2-2 戦略目標に貢献する権利化活動をし、戦略目標に関連する製品・サービスの知財カバー率を特に高める
C-2-3 戦略目標に重要なリソースとして、C-2-1を前提に、社内の共有資源となる知的財産権のポートフォリオを構築し、全部門からアクセス可能とする。
C-2-4 過去から現在、現在から未来の事業利益(営業利益)に対する知的財産権の貢献を計算し知財活動を最適化する。
C-2-5 新技術や信頼などのインタンジブルズ(無形資産)が、ブランド等の他の長期的なインタンジブルズに良好に変換されているか分析・評価(アセスメント)し、この変換に知財活動として取り組む。
C-4 カルチャー
C-4-1 イノベーションやブランディングに関して浸透させるべき組織の気風や価値感を体現し、知財部門の独自の社内チャネルで、組織の気風の浸透に貢献する。
C-4-2 戦略目標の達成に重要な知的財産権のポートフォリオ構築に向けて、知的財産権に焦点をあてた社内表彰等を主催し、全社の共通資源の構築と社内流通をうながす。
C-5 ガバナンス
C-5-1 取締役会に、知的財産権の保持、ライセンス、売却及び放棄に関する基本指針の締結をうながす。
C-5-2 戦略目標に沿って、知的財産権を資産として評価しつつ、知的財産権の保持、ライセンス、売却及び放棄による知財ポートフォリオの最適化を図る。
C-5-3 知財部門は、事業ポートフォリオと知財ポートフォリオの相違について、研究開発部門等と共同して、社内や取締役会への説明責任を負う。
C-6 パフォーマンス
C-6-1 保持している知的財産権の利益率への貢献を測定する。
C-6-2 知的財産権の存在によって、将来の利益率に貢献し、事業の成長をうながすことを通じて、戦略目標の達成に貢献する知的財産権のポートフォリオを構築する知財活動について、OKRやKPIを定めて評価する。
C-6-3 戦略目標に応じた特許権のカバー率、免除ロイヤルティで使用する仮想実施料率などのKPIを使用し、過去から現在までの評価と目標設定を行う。
D ありたい未来の知財経営に向けた取り組み
D-0-1 知財経営入門
経営者(取締役・執行役)や知財以外のコーポレートスタッフ向けの知財入門を作成し普及させる。(国家に基礎文献の作成をうながす)
D-0-2 知財経営・知財活動の参照フレームワーク
統合思考原則と対応する形での知財活動について、理想像を参照できるようにする(本文書)
D-0-3 コーポレート部門間の知財経営対話
コーポレート部門・スタッフ間の知財経営のための対話促進に向けて、区分とチェックリストを作成し公表する。(国家に基礎文献の作成をうながす)
D-0-4 知財経営・産業財産権の活用に関する統計情報
国家から、産業財産権の活用に関する統計情報が公開されるよう、働きかける。業種や技術分野別の特許権の維持に関する統計や、知的財産権の活用に関するアンケート調査結果等を含む。
D-0-5 市場調査や投資価値の分析と知財情報
市場調査や投資価値の分析に際して、知財情報が使われるようにしていく。
D-0-6 免除ロイヤリティ法の普及浸透
知財部門向けに、免除ロイヤルティ法等、知財経営に際して有用な手法の普及・浸透を図る。
D-0-7 統合報告書での知財情報の開示
統合報告書で、全社の戦略目標と統合的な内容として、知財活動が紹介され、報告内容の裏付けとなる。事業セグメントごとに、目標とする免除ロイヤリティの数値などがあるとなお良い。
D-0-8 経営デザインシートが社内で繰り返し使用されている。
例えば、下記からダウンロードできるExcelファイルを使用し、全社や事業部の経営デザインシート(または価値創造メカニズム)を描き、対話によりチームで1枚の内容にすりあわせるなど、生産性と質の高い価値創造のための対話が繰り返される。