特許庁「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック」について
[1] V.チェックリスト
本ガイドブックに、「経営・知財のコミュニケーション強化へのチェックリスト」が入っている。世の中には不要なチェックリストが多いが、このチェックリストは、自分たちがどこにいるのかを測るものさしとして優れている。
たとえば、経営層の知財部門への期待、知財部門の経営層との対話、自社の経営戦略なり長期ビジョンへの知財部門の貢献など、理想に対して現状がどうなのかを確認できる。このチェックリストで自社の状況を客観的な目線で把握したうえで、本ガイドブックの事例を探してみると、効率的だろう。
すべてLevel3で2年間経過し、なおPBRが1倍未満という状況は、私見では想定できない。
[2] 「知財経営の実践に向けたコミュニケーションガイドブック」に関する情報の所在
特許庁からはこちら
経済産業省がソースである方が社内展開がしやすい場合、こちらにも。
事務局を担ってくれたPwCのサイトはこちら
・2022年度(本ガイドブックの事業)
https://www.pwc.com/jp/ja/news-room/intellectual-property-management.html
・2023年度の公募(2023年5月26日期限)
https://www.pwc.com/jp/ja/news-room/ip-management230418.html
[3] III 企業価値と知財戦略のつながり1 (PBR1倍割れについて)
本ガイドラインには実名の4社の事例があり、上場3社のPBRをYahooファイナンスで調べた(2023年4月28日)。
オプティム 9.2
貝印 非上場
花王 2.63
日東電工 1.42
PBRの入門はたとえばNHKの解説記事がある。日経小平龍四郎編集委員による企業と株主の関係、自社株買いの思考停止の記事などとても参考になる。
貝印は日本の伝統技術や地域との繋がりを現代的なブランド価値に結びつける経営をしており、株主の評価に代わるような顧客や社会からの評価を想像するに、PBR1倍割れに相当することはないであろう。このガイドラインを生み出した特許庁プロジェクトの有識者として、貝印の地曵 慶一 取締役/上席執行役員 知財・法務本部長 CIPO兼CLOが参加している。
また、本プロジェクトの有識者として荒木 充 知的財産部門長が参加している。そのブリヂストンはPBRで1.25である。
ところで、東京証券取引所は、2021年6月11日、コーポレートガバナンスコードを改定し、非財務情報の任意開示を求める基本原則3にて、情報開示の充実、特に経営戦略の開示の原則3-1との関係で、知的財産への投資等について、「自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ判りやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」(補充原則3-1②)と要請した。
その東京証券取引所は、2年弱経過した2023年3月31日、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表し、「PBR1倍割れは、資本コストを上回る資本収益性を達成できていない、あるいは、成長性が投資者から十分に評価されていないことが示唆される1つの目安と考えられます」と指摘した。
2023年の春から初夏、花粉や黄砂に悩まされながら、PBR1倍割れをどう回避するか、全社をあげて対応方針を検討している企業も多いだろう。
本ガイドブックのIIIの事例は、PBR1倍割れでない企業の事例であり、しかも、知的財産をどう活用しようとしているのかが整理されている。
従って、本ガイドブックは、知財部門に限らず、PBR1倍割れの回避を目指す対策をリストアップしなければならない企業実務家に有用だ。記載内容をそのまま自社に採用するのではなく、自社ならどうするかを思索するときの内面的な壁打ち相手となりえる。
[4] III 企業価値と知財戦略のつながり2 (刺さる文章を抽出してみる)
本コミュニケーションガイドブックのIIIを読んでみて、どの文章が気になっただろう。私は、2023年4月末には、次の文章がそれぞれ刺さった。うなずいたり、すごいなと感心したり、自分自身の未来を探るための刺激を得た。PBRの値を社名に続けた。
p.20[オプティム9.2]取得した特許がどう事業や社会に貢献しているかを社内外に発信している。
p.23[貝印]商品価値化策(R)などの取り組みを並行して、知財部門が経営・事業・開発との愚直な対話(PDCAのコミュニケーション)をしている。
p.24[花王2.63](知財部門がSWOTや外部環境を分析することが)「自社が参入していない分野に参入する際に、重要な視点であると考えている。
p.26[日東電工1.42]製品のライフサイクルをいかに長くして、高利益で持続させるかというところで、知的財産が大事になる。
おそらく、6ヶ月後に読み返すなら、また違うところが気になるのだろう。私が抽出した部分は、事務局が太字にした部分とも違う。みんな違ってみんな良い。個性を大切にする。
気になる文章を1行ずつ抽出してみることは、チェックリストとあわせて、自分自身の現状を記録することになる。
これはもちろん、IVについてもいえる。IVの仮想事例のなかに自分のための言葉を見つけることは、変化、転換、きっかけ、ストーリーなどより広い思考を生み出す刺激になるだろう。
たとえばこのように、#知財経営 のタグでツイートしてもらえたら、周期的に、いいねしにいきます。匿名でかまいません。
[5] 知財経営について、伝えたいこと
趣旨
私も、この特許庁のプロジェクト「企業価値向上に資する知財経営の普及啓発に関する調査研究」の有識者会議の一員で、2023年4月28日「知財経営に関する理解を深めていただくためのオンラインイベント」の座談会に出席した。アーカイブ動画が後日公開されることと思う。この座談会に出席するために、前日と当日に発信したいメッセージを整理していた。
伝えきれなかったことを、このノートでお伝えしたい。
最大のものはこちら。
『知的財産権と損害賠償[第3版]』 知財部門で働く人、知財担当者
田村善之教授『知的財産権と損害賠償[第3版]』(弘文堂,2023)は、企業が、特許権による利益とは何なのかを自ら定義し、社内や経営層、さらに投資家や取引先に説明していくとき、知的財産法学の理論的根拠となる。
もちろん、特許法の解釈として損害賠償の観点で論じられているため、直接的に特許権による利益が定義されてはいない。しかし、特許権の侵害がなければどのような財産状態であったのか、その財産状態を取り戻すための損害賠償が模索されており、特許権の侵害がなければどのような利益が特許権者や侵害者に帰属したのかが検討されている。
この田村先生の整理を、それぞれの自己責任で、ビジネスにおける特許権の経済的価値、すなわち特許権による各年度の利益はどこまでの範囲で認定されえるのかを模索すると良い。それは、必ずしも会計側の認識と一致するものではないが、対話の根拠ある視座となる。
簿記やファイナンス理論や経営学やマーケティングを学びたくない、知財法学が大好きだ、という方こそ、損害論を理解したうえで、特許権の侵害があれば取り戻せる損害額の裏返しとしての自社実施の利益をざっくりと計算できて欲しい。
計算の要素がなんなのかを社内の他部門に説明できるようにしておきたい。計算の要素は、単位数量当たりの利益の額、譲渡数量、権利者利益、侵害者利益、色々な控除や証明責任、相当実施料額などである。
そしてできれば、自社の特許権を、第三者に移転したならば、その第三者に支払わなければならなくなる相当実施料額(免除ロイヤリティ)を計算できるようになると良い。自社実施の独占の利益を仮想的な実施料率で求める計算例は職務発明対価訴訟の判決が参考となる。一通り判決の計算例を知っておくと有用だが、他に優先すべきこともあろう。
中堅、中小企業、その経営者や知財担当者
オンラインイベントで、まるで言及できなかったが、非上場であっても、経営デザインシートを使って、ありたい未来を検討してみたり、自社が社会や金融機関等に伝えたいことを整理して企業報告(例えば、知的資産経営報告書)を作成し、開示する取り組みは、企業が成長していくために役立つ。
公募にある「事業価値を高める経営レポート」は、特許権や商標権を含む見えない資産(知的資産,インタンジブルズ)をどのように獲得し、増やしていくことで価値を創造するかを整理できる。中小・中堅企業の活用例が多く、事業性評価に使ってくれている金融機関もある。
経営デザインシートとの併用するとなお良い。まず、中期を想定して事業価値を高める経営レポートを作ってみて、さらに、より長期を想定して、誰にどんな価値を提供するか、それは自分たち「らしさ」のあることかをイメージしながら経営デザインシートに描く。簡易版で良い。
経営デザインシートに描いた過去の資源と、未来の資源を見比べてみよう。さらに、事業価値を高める経営レポートの「Ⅵ.価値創造のストーリー」と対比する。自社が顧客や社会に価値を届けるために重要な、資源・知的資産が見つかってくる。複数人で対話したり、時間をおいて何回か作って見ることが大切だ。
経営企画、IR、コンサルタント
オンラインイベントにご参加いただいていることを知りつつ、経営企画やIRの方向けの直接的なメッセージを発せられなかった。PBR1倍割れを回避し、ROEやROICを高めたり、セグメントごとの自社の「稼げる」強みを見つけるために、V.チェックリストなど活用できる。自社の知財部門に「もっとできるはずだ」と伝える際には、このコミュニケーションガイドブックのURLを事前にお送りいただくとスムーズだろう。メールの文案はChatGPT 4に考えておいてもらった。
知財部門とIR部門、もしかしたら経営企画も
日東電工殿の「製品のライフサイクルをいかに長くして、高利益で持続させるかというところで、知的財産が大事になる」(本ガイドブックp.26)を思い出してみよう。自社の製品やサービスで誰かに喜んでもらうという価値創造ができても、その価値創造のボリュームを保ち、長続き(持続)させなければ、企業経営として意味が無い。
価値創造を長持させるために、インタンジブルズが役立つ、ということの重要性は、住田孝之氏や私が考えてきていることでもある。価値創造を長持ちさせる要因は、知的財産権だけでなく、組織の気風(社風)や取引先との関係性など、幅広くインタンジブルズ(無形のもの、見えない資産、知的資本)の範囲で探すべきで、知財部門としては扱っていない事項も含まれる。
事業A, B, Cで、事業Aの製品群について国際的な特許ポートフォリオが構築されており、基本特許の期限切れまでまだ年数がある一方、事業Bは基本特許が切れており、事業Cは特許での保護に適さない分野であるとしよう。
事業Aの製品群について、シェアの高さの裏付けとして国際的な特許ポートフォリオがある。例えば、製品の市場シェアが高いだけでなく、その必須技術の技術分野での特許権のシェアをみると、特許件数でも、被引用件数でも特許(による技術独占)のシェアが高い。この特許情報のエッセンスを開示できれば、製品のシェアの高さが長持ちする(価値創造のボリュームを保ち長続きさせる,製品のライフサイクルを伸ばせる)ことを、特許権による技術の独占という根拠をもって、投資家に説明できる。
単にシェアが高いというだけでは、来年もシェアが高いことは単純には予測できないが、特許権のポートフォリオがあるならば、来年以降もこの高いシェアを維持できる可能性が高い、その確からしさを投資家に伝えることができる。利益率が高そうだからと算入を検討する他社への牽制にもなる。
しかし、知財の人は、伝統的に、事業Aについて特許情報をだすと、事業BやCについてはだせる特許情報がないことに気づかれてしまうから、事業Aについても特許情報の開示をやめよう、という発想になる。これは、知財戦略として正しいのかも知れないが、多くの上場企業の経営戦略に反する。東証の要請にも応えられない。
事業Bは基本特許も切れて、知的財産権による保護がないとしても、事実上の売上が成長しており利益率が維持されているならば、なにかインタンジブルズがあるのだ。それは必ずある。探していくと、例えば、自社が持つ取引先との関係性を他社が構築できないからこそ、新規参入がなく、高い利益率を維持できている、という仮説を得るかも知れない。
IR部門としては、事業Bについてはインタンジブルズとして関係性(Relationship)をアピールすれば良い。統合報告書では、知財活動のマテリアル(重点的な)な対象が事業Aであることを示すマークでも付しておき、事業Bには関係性(Relationship)が重要な強み(稼げる強み)であるというマークを付しておけば良い。それぞれ、根拠となるWebページがあるとなお良い。
さらに意欲的で先進的な知財部門は、事業Bで重要な取引先として名前がでた企業について、どんな特許権、商標権を持っているか、調べ始めるだろう。このような年間計画にない調査を逐次着手でき、またそのような好奇心を持つ知財部員がいるかどうかが、知財部門の他部門への対話の力を決定付ける。その好奇心は何かを見つけ、取引先との契約のあり方について、知財部門から営業や法務に提案をしたり、その取引先に資金提供して知的財産権の取得をすすめるようなことすらあり得るだろう。
日本企業は、寿命の長い企業が多いため、主要製品の基本特許が切れているということは良くある。基本特許が満了する数年前には、品質を起点として、ブランド力を高めるための取引先との契約関係を深めるなど、知財ミックスを仕掛けていきたい。
長年にわたり同一製品の販売を続けた結果、ほとんどの競合が撤退した後は、その事業のWACCを正確に想定して、ROIC > WACCとなる水準まで、取引先に値上げをお願いしていこう。競合がないならば特許権がなくても独占なのだ。とはいえ、値上げをお願いできる程度の、知的財産や知的財産権は継続的に取得したい。
知財経営と利益
オンラインイベントで、知財経営と利益についてと、PwC篠崎 亮さんから振られたとき、想定されていたのは免除ロイヤリティ料率での知的財産権による利益の計算方法だったかもしれないが、瞬発力でPBRに寄せた。
免除ロイヤリティ料率についてはこのリンク先を参照ください。
[6] 改定コーポレートガバナンスコード原則5への初動失敗・仮説
改訂コーポレートガバナンスコード(CGC)の初動に失敗したのではないか、という私の仮説は、オンラインイベントで話すことができた。原則5は、株主との建設的な対話である。上場企業で働くことのステータスを得ながら、株主と建設的な対話をしたくはないという立場は、この基本原則5に反する。
経営層は株価や投資家の反応をウォッチしており、経営層との対話の前提として、コーポレート部門はすべからく、基本原則5に貢献していくべきだ。例えば、投資家との対話で研究開発が話題なら研究開発部門が、サステナビリティーが話題であればサステナ担当部門がIR部門とともに投資家と接している。
しかし、補充原則5-1②(ii)の有機的に連携すべき社内部門として、知的財産部は記載されていない。2021年6月以後、補充原則3-1②に「知的財産への投資」と入ったことに喜ぶのではなく、補充原則5-1②(ii)に知的財産部門への言及がないことに危機感を持つ初動をしていれば、2023年3月に、東京証券取引所は、PBR1倍割れの回避などという数値目標を要請しないで済んだのではないだろうか。
上述のように、東証は、PBR1倍割れは「成長性が投資者から十分に評価されていない」ことを示唆していると、指摘した。知的財産への投資が充分に開示され、原則5に従い投資家との対話が行われ、投資家からの宿題に応えたり、投資家の正確な理解を求める開示を深めていれば、成長性が評価され、PBR1倍割れについてわざわざ指摘しなければならないような現状を、避けることができた可能性もあった。これが、私の「改訂CGC対応についての初動失敗」仮説である。補充原則3-1②に「知的財産への投資」が入ったことを喜んでいる場合ではなかったのだ。
もちろん、日本の上場企業、特にプライム上場企業に成長性がないなら、それはそこまでの問題ではある。
IPランドスケープという用語への違和感も、結局はこの投資家との対話という視線を重視すべき視座から生まれている。特許情報の分析手法や表現に決定打はない。愚直な対話で悪あがきをしながら自社らしい特許情報の開示をし、社内外の対話を積み重ねるしかない。
[7] 知的財産と経営層のコミュニケーションという二軸から多軸へ
たかだか40分の座談会に、色々と考えておくのですねという感想もあるかもしれないが、政府系の審議会や委員会で議論を自分が信じる未来に引き寄せることができる可能性はほんの一瞬で、たった一言である。一瞬のために準備をしておく。昔話だが、私の瞬発力がなければ、ライセンシー保護とか知財信託とかはもっと違う形になっていただろう。今回も短時間ではあるが企業経営や知財部門の未来のために準備をした。
私が有識者会議に入ったことの成果は、次の2つである。
1. 知財部門と経営層も大切だが、知財部門と他部門のコミュニケーションに重みをおいて欲しい。
2. PBR1倍以上の企業から選んで欲しい
2については、オンラインイベントでも多面的に問題提起できた。
1については、座談会のコンセンサス的なものにすでになっていたため、ことさら強調するような発言をしないで済んだ。1は、知財部門と経営層の対話を重視するのではなく、知財部門と経営企画、IRやサステナビリティの部門との横串の対話により重きをおく方向性である。貝印の地曵取締役の「知財部門はサービス業」という叡智も、経営層向けのみではないところに、私は共感や手応えを感じている。
2の意見を述べ、様々要因はあろうが、結果的に、事務局は、上場企業では、知財で有名な企業ではなく、上記3社を取り上げてくれた。2023年4月現在でもPBRが1倍以上であり、知財経営の優れた事例となっている。
知財で筆頭級に有名な企業は、もちろん、話題になってはいるが、現時点において、私見では、目標とすべきではない。
しばらくは、貝印のような非上場を含め、社会価値も提供し利益率の高い化学メーカーや、優れたB2B企業、環境やマーケティングの先進企業に、知財活用や知財分野の人材育成をリードしてもらうのが良い。
[8] さらに進んでいくための情報源
加賀谷哲之教授から学ぼう
加賀谷 哲之「価値創造指標の国際比較」:日本企業の利益率はなぜ低いのか?,會計,190(6), 2016.12, p.649-663
加賀谷 哲之「サステナビリティ開示研究の新展開」証券アナリストジャーナル,2022.07
加賀谷哲之「サステナビリティ開示の拡充とその影響」月刊資本市場 450号,2023.2,p.4-14
統合思考と価値協創ガイダンス2.0
2023年、知財部門など、IRに直接関係がない部門であっても、株主との対話や統合報告書への貢献に取り組むと良い。その際、日本企業として、まずは価値協創ガイダンス2.0について、統合思考とは何かという観点でチェックしておきたい。
WICIジャパン統合報告セミナー
オンラインイベントで言及したWICIジャパンの統合報告セミナーについては、2023年の事業会社向けの開催要領だけでも、雰囲気がつかめると思われる。2023年11月に2024のキックオフイベントを開催予定。
[9] 経営デザインシートについて
経営デザインシートについて、この記事との関係で整理しておく(2023年4月30日追記)
改訂CGC基本原則3についても、上述の基本原則5と同様の形で抽出しておこう。
この補充原則3-1②について、東証はQAを公開している。
東京証券取引所は、2021年7月には、国際競争力の観点から知的財産への投資が重要で、経営資源の配分について適切に情報開示されることが期待されているという前提で、具体的な開示にあたっては「経営デザインシート」の活用が提案されている。
本プロジェクトでは、まさに、経営デザインシートを活用した。スムーズに使ってくれた方は、知財部門で書き切れないことを、研究開発や事業部門の担当者にヒアリングしていた。経営デザインシートで未来を描こうという取り組みが、その企業の統合思考を深めた。統合思考というのは、ベクトルが揃うことである。
ベクトルが揃うことが、成果への近道であることは、ブリヂストン荒木氏もオンラインイベントで強調なさっていた。
ガイドラインの「IV経営と知財をつなぐコミュニケーションのあり方」をみると、「情報ギャップが埋まった動き」について、私の想定以上に、経営デザインシートの作成や対話がきっかけとなっている。誰にどんな価値を提供するのか、そこからバックキャストして未来のビジネスモデルや必要となる資源を拾い出していく思考こそが、社内のコミュニケーションを深めていく。この報告書は、本当に実際に具体的に経営デザインシートを使った知見が反映されていると、私は認定する。実際、私が支援先に入った事例で得た知見もうまく抽象化されて記載されている。
一応、念のために指摘しておくが、本当に実際に具体的に経営デザインシートを使ってはいないと私が認定するガイドラインもある。例えば「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」である。「経営デザインシートのみでは、投資家や金融機関との深い対話をする上では必ずしも十分とは言えず」p.51という、株式会社東京証券取引所のFAQを含めた認識と異なる理解が記載されている。
私の認識とも違う。会社のコンセンサスとなった統合思考の経営デザインシートがあれば1時間の対話はあっというまに過ぎる。会社のコンセンサスとなる経営デザインシートは、知財部門のみでは作れない。社内コミュニケーションが必要となる。
経営デザインシートを一問一答で作成できるExcelファイルがある。多くの方々から刺激をいただきつつ、住田孝之氏と鈴木健治で作成し、2パターンを、メールアドレスの登録が必要だが、無料で公開している。メールには、バージョンアップした際の連絡と、関連するイベントがあればそのお知らせをしている。
・コラボ[オープンイノベーション]型
ありたい未来での提供価値を構想し、自社でなんとかする資源と、足りない資源を抽出する。上場企業や青年会議所向けのセミナー、経営デザインシートを活用した統合報告セミナー等で使用してきた。WICIジャパンで公開している。経営デザインシートは初めて、という方はまずこちらが良い。2023年4月現在、24KDS_StartWICI_Japan.xlsx というファイル名である。
☆WICIジャパン「一問一答KDS作成用のExcelファイル(KDSスタート)の公開」
・知的資産型
現在と、ありたい未来において、提供価値と整合する資源を整理する。資源として、人的資産、組織資産、社会・関係資産という知的資産(インタンジブルズ)をそれぞれ抽出する。知的財産権は組織資産に入る。上述した事業Bの取引先との関係性は「社会・関係資産」に入る。
こちらの一問一答では、未来に必要となる知的資産を抽出できるため、その未来の知的資産を形成していこうという取り組みが事業計画となる。
中小企業診断士と一緒にしているセミナー、創業セミナー、知的資産経営報告書の作成で使用しており、I-OPENでも使った。事業性評価や補助金申請のベースとなる項目が埋まるが、質問数が多く作成は大変だ。IAbM総研で公開している。
事業計画を作成したい、という方はこちらに挑戦してもらえると良い。25KDS_IAbM.xlsxというファイル名である。創業者向けに事業価値を高める経営レポートとの連動性を高めたファイルを使い始めており、公開版もいずれバージョンアップしたい。
☆経営デザインシートKDSを一問一答で作成するExcelファイル(資産形成版)
[10] 謝辞
本プロジェクトにご協力いただいた企業様、手を動かして経営デザインシートに自社の未来像を描いてくれたご担当者、企業に入り様々な支援をしてくださった専門家の皆様、どうぞ引き続きご活躍ください。プロジェクトへのご協力ありがとうございました。
専門家では特に、一緒に支援に入ってくれた経営デザインシートの経験がある公認会計士、特許調査のプロフェッショナルでもある弁理士、企業知財の経験豊富なコンサルタントとご一緒に支援を考えることで、様々な突破口を開いていくことができました。感謝しています。
企業への支援で、特許庁のご担当者が同席してくださいました。直接企業の方へのヒアリングもしており、社内のコミュニケーションの状況を熱心に聞いておられたのが印象的でした。積極的なお取り組みをありがとうございました。
PwCの皆様は、個別の企業情報をださずに、重要なエッセンスを報告書で読者に伝えるという複雑なミッションを完遂してくれました。支援、ヒアリング、座談会など複雑な工程と内容を見事にハンドリングしてくださいました。素晴らしいです。ありがとうございます。
ときどき相談にのってくれた住田孝之さん。ありがとうございます。
特許庁植田様は、日本の産業への愛情が素晴らしく、小手先な議論にならないように、大きい方向性を思い出させてくれるような発言を繰り返してくださり、とても助かりました。感謝申し上げます。
IAbM総研、WICIジャパン、知財活用ビジネス研究会、経営のデザイン研究会、経営デザイン研究会など所属している組織の皆様や、日本青年会議所、各地の青年会議所、よこしん創業スクールの受講者や関係者、I-OPENご関係者など、経営デザインシートを一緒に使ってきてくれた皆様にお礼申し上げます。
なぜこのように謝辞まで述べているかというと、経営デザインシートの普及活動を始めたとき、特許庁が経営目線で経営デザインシートを使ってくれないかなあと、夢のようなことを妄想し、色々アプローチもして挫折していたが、数年を経て、今回のプロジェクトで私の妄想以上のことが現実になり、とても嬉しいからです。記念に高島屋で赤いネクタイを買いました。PwC色です。
(WICIジャパンではKPMG, トーマツ, EY, PwCの色々な部門の方と対話する機会があり感謝しております)
私は、国内のことを引き続き継続しつつ、「インタンジブルズによる利益(知的利益)の楽しさと有用性を世界の未来の人々に浸透させる」という新たなミッションにも取り組んでいきます。なま温かく応援ください。
本ガイドラインを読んでくれるみなさまが主役であり、体感し、実践し、できましたら情報発信もお願いします。貴重なお時間をこの文章にお付き合いくださり、ありがとうございました。企業開示に関与していくことで自らを鍛えましょう。
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