第11回神奈川大学フランス語翻訳コンクールを終えて
国際日本学部 熊谷 謙介 教授
神奈川大学フランス語翻訳コンクールは今年ではや11年目となりました。当初、スピーチコンテストや、コントや語劇などのパフォーマンスとは異なる形で、フランス語の勉強をがんばっている学生たちを評価したいという趣旨からはじめました。
現在の語学の授業では発信力が強調される傾向があり、それはたしかに、これまでの語学の勉強が受動的であったことを考えれば重要な変化です。しかし、一人でコツコツと、分からない単語や活用は辞書を使って翻訳を行うことは、大変な労力がかかることで、情報を正確に受け取ってはじめて、自ら言葉を発し、文章を綴れるようになるのです。またこうした能力は、機械翻訳の精度が日進月歩に上がっている昨今においても不可欠のものであり、機械翻訳がもっともらしく生成する訳文の正しさやニュアンスを確認するのは、変わらず人間なのだと信じています。
今回も人文学会から予算をいただき、入賞者に図書カードを贈呈することが可能となりました。今回は国際日本学部文化祭補助予算という枠組みでいただきましたが、参加資格については、国際日本学部の学生だけでなくフランス語を勉強している神奈川大学の学生全員であることには変わりありません。観客を前にしてパフォーマンスが繰り広げられるような「熱い」学部祭と対照的に、翻訳コンクールは1人1人が辞書などの力を借りながら文章の推敲に頭を悩ます、「クールな」文化祭ということができるでしょう。
今回のコンクールの部門も、《初級・入門部門》(1年次中心)、《中級・応用以上部門》(2年次以上中心)で構成しました。初級・入門部門については、フランスのバレンタインデーについてのフランス語の文章を翻訳してもらいました。愛を謳う日でありつつも日本のバレンタインデーとは異なる祝い方をする日であり、フランスの小さな村、サン・ヴァランタン(聖バレンタイン)村など、日本との知られざる関係も明らかにする文章でした。参加者のレベルは高く、ちょっとしたミスの数で順位決めをしなければならないほどでした。一部、過去形や未来形など、まだ初級・入門クラスでは教えられていないような文法事項も含まれていましたが、その点についてもきちんと調べてクリアしていたことが印象的でした。このように知りたいので調べるというプロセスが、講義系の授業だけでなく語学においても重要なように思います。
中級・応用以上部門(神奈川大学には「中級」・「応用」(国際日本学部国際文化交流学科のみ)、そして「特修」(留学・検定試験対策)、「上級」があります)では、村上春樹の『海辺のカフカ』の一部を訳してもらいました。フランス語に翻訳された作品ですので、それをそのまま問題文とし、参加者にはいわば逆輸入をしてもらう形となります。フランス語を通すと異世界のように見える風景も、実際には主人公の少年が見る日本の光景であり、どれだけ原著の雰囲気を伝える訳文になるかも、評価のポイントとなりました。運よく(?)、問題文の出所は発見されなかったようです。
文法項目としては習っていないものが出るのは当たり前の文章で、ほとんど手探りの中、参加者は文章と格闘していたと想像されます。こちらも訳ミスの数を第一の基準としましたが、訳の正確さだけでなく、日本語の文章としての表現力についても評価基準としました。翻訳は外国語そのものの能力だけでなく、日本語の力が問われることは言うまでもありません。こうした基準から入賞者を決定し、順位付けをしましたが、文章で示されるような、家出を決意する少年の内面描写も味わってもらえればと思いました。
論説文、ましてや小説の翻訳は、昔の読解の授業では見られたものの、今日ではなかなか実施しにくいものとなっています。やはり会話が中心であったり、グループワークが中心であったり、「アクティブ」なものが求められる状況の中で、翻訳という、一見地味でありながらさまざまな能力が必要で、頭をフル回転させるアクティビティを実践することには、十分な価値があると思います。それを授業で強制という形ではなく、あくまで自発的に参加してもらうという機会を、これからも維持していきたいと考えています。
最後に、今回参加した学生たちの感想の一部を紹介させてもらいます。こうした声は「地域言語から新しい世界へ」と題した、この神奈川大学共通教養教育・地域言語教育部会サイトでも日々伝えていきますので、世界の多様な言語に関心があるみなさんには、ときどきチェックしてもらえるとうれしいです。
過去の翻訳コンクールについての記事はPlus-iのバックナンバーをごらんください。
また、こちらの大学運営のnote(共通教養教育HP内・地域言語教育部会note)でも読むことができます(リンクは2022年度)。
(付記)この報告は神奈川大学人文学会誌『Plus-i』No.20に掲載されたものです。転載を許可していただいた人文学会にお礼申し上げます。
『Plus-i』はweb公開しています。雑誌全体もぜひごらんください。