何が悲しくて、じゃない。何も悲しくない(2016/2/3)

 「何が悲しくてそんなに走ってるの?」
 少し怒りながらそう言われた。

 何も悲しくない。怒られる筋合いもない。

 「ごめんなさい」

 「いやいや、謝ってほしい訳じゃないの。何が悲しくてそんなに走ってるの、って聞いてるの」

 趣味はランニングです、と言った数秒後にこんなにパニックになるとは思いもしなかった。

 「走ったあと気持ちいいんです」
 「でも走ってる時、しんどいじゃん?」
 「ごめんなさい」

 深いため息をついている。こっちのセリフ?
 いや、こっちの息だ。

 「なんでそんなに謝るの?」
 ぐうの音も出ない。ぐうの音も出ない、にもいろんな種類があって「出したとて」というぐうの音があることを知った。

 「一から叩き込んであげたいから今から家来ない?」


 沢口 友美(37)未婚
「理由は言わないが沢口とは帰るな」というのが社訓のようになっている。
 趣味はウォーキング。得意料理は納豆パスタ。


 社訓のようになっている意味を知り、お返しと言わんばかりの深いため息をつく。

 「何が悲しくて僕を家に誘うんですか?」
 最寄り駅からひとつ前の駅で降りる。


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