俺は語彙力が足りない①
中学3年生に対して「君たちが見逃しているだけで君たちの知らない語は生活の至るところに転がっているから、それをきちんと拾うようにしろ。そしてそれぞれが収集した語彙を共有して、皆で語彙力を高めよう」と言って、貴重な授業時間の一部を使って、語彙を集める遊びをしている。
そうして収集された語彙のほとんどは、中学生らしい未熟さを示す微笑ましい言葉たちであるが、稀に俺も全く知らない興味深い語彙が飛び出してくることもある。
ここではその一部を共有しよう。
鮟鱇の餌待ち(あんこうのえまち)
「鮟鱇の……えさまち?いや、えまちか。うーん、全然知らんな……ちょっと待ってな、意味考えるから。鮟鱇てチョウチンアンコウのイメージやろ?チョウチンに釣られた獲物をガバっと食うのが鮟鱇やからー、『素知らぬ風を装って人を騙そうとすること』!だいたいこんな感じの意味やろ!どう?」
あんこうのえまち
口をあいて、ぼんやりしているさまのたとえ。
「いやいやいや……そのまんますぎるやろ……いつ使うねん……見た目そのまんまを表すの、慣用句といえんのか……まあ、あるけどな。特に意識なくぼけーっと口空いてるとき。そんときに使えばいいのね、おい、お前何鮟鱇の餌待ちしてんねん!ってツッコむんか……あー、あれやわ。俺電車乗ってるとき、そこそこの確率でうたた寝してて、そのときほぼ確実にバカみたいに口あけて寝てるから、もし見かけたらあとで『先生、さっき鮟鱇の餌待ちで寝てましたよ』て声かけてな」
炬燵弁慶(こたつべんけい)
「コタツベンケイ?なにそれ?弁慶は、まあ武蔵坊弁慶のことよなあ。内弁慶とか弁慶の泣き所の弁慶やから、強い物の代表やな。どういうことやろ?鍋奉行的なことかな?鍋の手順をとりしきる鍋奉行、炬燵の手順をとりしきる炬燵弁慶……炬燵の手順てなんやねん、温度の調整とかに口うるさい人かな、そんなわけないよな……炬燵における強いもの……!あ、わかったぞ!みかんやな!!みかん!!炬燵における最強てそんなもんみかんしかないやん。『蜜柑の別名』!これやろ!!」
こたつべんけい
(炬燵にあたっている時だけ弁慶のようにふるまう意から)外に出ればいくじのないくせに、家の中では偉そうに言動する人。内弁慶。陰弁慶。
「いや、内弁慶のことなんかい!ちょっと待って、『炬燵にあたっている時だけ弁慶のようにふるまう』やつなんかおる?君らの身の回りでいる?ええ?テーブルで飯食ってるときは普通に大人しくしてるのに、炬燵に入った途端、『おら、クソババア、はよ蜜柑もってこいや!』とかオラつくやついる?そんなやつおらんやろ、マジでか……っ!ちょっと待って!別の辞書引いたらまた違う意味もあったわ!」
こたつべんけい
②冬に老人がこたつから離れられないこと。
「面白すぎるやろ、なんやねんこれ。炬燵から出れなくなるのは年寄りだけちゃうやろ……まーでも、こっちの方がまだありそうやな。『んもー、お祖父ちゃん、また炬燵弁慶になってるやん!早くお風呂入ってきてー』みたいなことね。へー、これは使えそうやな。君らも冬にじいちゃんばあちゃんの家に行ったら使いなさいね。すごいな、しかもこの用法、1775年には使われてるらしいわ。江戸時代中期にはもう炬燵ってあったんやね、まあそれはそうか……君等も炬燵弁慶にはならんようにね、炬燵で寝たらすぐ風邪引くからな、気をつけなさいね」